ミャンマー中部を震源とする大地震の発生からきょうで1週間。被災者支援のため、内戦は一時的にストップしたかに思われましたが、軍事政権はいまだに空爆を続けている模様です。中継です。
内戦で国が荒廃するミャンマーは、震災をきっかけに、再建に向かうどころか、情勢はさらに混乱を極めています。
先月28日の大地震では、ミャンマー国内で3145人が死亡、安否不明者は依然として、200人を超えています。
救助活動やがれきの撤去を進めようにも、重機や人手が足りず、作業はほとんど進んでいません。
この間、首都ネピドーやマンダレーには、少なくとも17の国から国際援助隊が支援に入り、日本の医療チームもきのうからマンダレーで活動を始めました。市役所に仮設の診療所を開いて、けが人や感染症の患者など1日100人程度を受け入れるということです。
ただ、こうした国際支援は、軍が支配する都市部に限られていて、農村部など戦闘地域の周辺には行き渡っていません。
軍事政権は、復興支援などを優先するためとして、民主派武装勢力との戦闘を停止すると宣言したにもかかわらず、その後も、地震で被災したザガイン管区やカチン州で立て続けに空爆攻撃を行ったと報じられました。
地震発生後は、異例の国際支援を要請したミャンマー軍ですが、軍政統治を正当化させるための手段として震災を利用しているとみられ、人々の暮らしは置き去りにされています。
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