千年の都を守った城壁

半島のような地形にある「イスタンブール歴史地区」

トルコの古都イスタンブールは、「ヨーロッパとアジアの境界線」といわれるボスポラス海峡にまたがり、街自体がヨーロッパ側とアジア側のふたつの地域に分かれています。世界遺産の「イスタンブール歴史地区」はヨーロッパ側にあるのですが、海峡に突き出た半島のような所にあり、見るからに攻めるのが難しい地形です。実際、4世紀から約1000年もの間、東ローマ帝国の都として難攻不落を誇りました。これをついに攻略したのが15世紀のオスマン帝国。

城壁を攻めるオスマン帝国軍を描いた絵画

番組「世界遺産」でナビゲーターの鈴木亮平さんに現地取材をしてもらったのですが、鈴木さんが最も関心をもったのが「オスマン帝国はいかにしてイスタンブールを攻略したか」でした。当時のイスタンブールは東と南北の三方が海で、残った内陸の西側には高さ12メートルもある城壁と濠を築いて守りを固めていました。海から攻めあぐねたオスマン帝国軍は、陸側の城壁からの突破を図ります。

世界遺産「テオドシウスの城壁」

今回のロケで鈴木さんがまず訪れたのは、世界遺産にもなっている「テオドシウスの城壁」。城壁を攻める側のポジションに実際に立ってみて、「絶望の壁ですね」と呟いた鈴木さん。攻め手が絶望するほど攻略が難しい城壁であることを実感したのです。

この「絶望の壁」に対して、オスマン帝国軍は当時最新兵器だった巨大な大砲で砲撃。さらに10万の兵を投入して攻めること2か月。ついに城壁の一部を突破して街を占領し、西暦1453年にイスタンブールは陥落したのです。