世論調査では過半数が反対する中、9月27日、故・安倍晋三氏の国葬が執り行われた。戦後の国葬は、吉田茂元総理以来2例目、55年ぶりだった。この国葬は岸田総理の判断によるものだが、法的根拠もなければ、国会で是非を議論することもなかった。
そもそも番組のニュース解説・堤伸輔氏は岸田総理の“説明”にあきれていた。岸田総理は「国葬はその時々の政権の判断で行う」と説明したが、そんなあやふやなものではないと堤氏は言う。
そして、今回の国葬実施は歴史的に大きな問題点をはらんでいたというのが、昭和史研究の第一人者、保阪正康氏だ。

■「これは独裁者のやり方じゃないか・・・」


昭和を中心に近現代史を研究するノンフィクション作家、保阪正康氏は、岸田総理が踏み切った今回の国葬には、3つの問題があるという。即ち、「私物化」「反歴史性」「総理の業績」だ。一つずつ聞いた。

保阪正康氏
「安倍さんが凶弾に倒れ、すぐに首相としての決断で国葬を決めた。まず決めることが先にあって、あとからそれを正当化、法的にも国民世論的にも“追認”という形でやろうとした。それが全部失敗した。法的にも根拠が乏しいと今も言われていて、それを認めなければいけないのが現実。何よりも野党も説得していない、立法府の議決も得ていない。完全に私物化した形で国葬を決めている。これは独裁者のやり方じゃないか、という不快感、懸念が世論に広まっている。これについて岸田さんはきちんとした答えをしていない。いくつか理由を並べているが、説明になっていない」

吉田元総理の国葬も門下生である当時の総理・佐藤栄作氏が、功績に報いるべきだと即決した。これも“佐藤栄作の私物化”のようなもの、と指摘しながらも保阪氏は付け加えた。


保阪正康氏
「佐藤さんは十分に根回しをした。野党も説得して、いろんなところに“これは例外的だけど”って言って説いて回った」

加えて、吉田の業績を内外、もしくは後世に知らしめるため『回想10年』(全4巻)を刊行したり、外務省と働きかけノーベル平和賞に推す動きをしたり、業績を英文化してブリタニカに本を書かせたり・・・。吉田の功績を遺す努力をしている。

同じ私物化でも岸田総理のそれとは全く違うという。

■安倍さんがよく言う“押し付け憲法”という言葉は、憲法を作るために尽力した人たちを侮辱している


次の問題点、「反歴史性」について…。

保阪正康氏
「戦前は国葬令があって皇族は国葬と法律で決まっていたが、それを除いて見てみると…。岩倉具視に始まって、伊藤博文、山縣有朋など明治維新の功労者ですね。それで戦前最後の国葬は山本五十六。明治維新以降の軍事主導体制が、軍事によって終わるわけですが、山本は最後の軍事である太平洋戦争の象徴ですよね。つまり山本五十六の国葬によって近代の歴史的なタームがここで終わるわけです」

保阪氏によれば、国葬は、ひとつの歴史の転換点にあったという


保阪正康氏
「戦後、国葬令はなくなって、国葬は吉田茂元総理だけなんですが、やっぱり占領政策の中で日本の国益を守った。占領から独立への昭和20年代の殆どで政権を担った…(中略)岸田総理は記者会見などで安倍さんの功績は長期政権だとか、戦後レジュームの見直しとか言ってますね。僕はここに反歴史性が潜んでいると言ってるんです。吉田茂が作ってきた日本というのは軽武装、経済復興。それから憲法を作った。それが戦後体制です。今に至るわけです。安倍さんはそれを憲法の見直しといって否定しているわけです。批判ではなく否定してるんです。安倍さんはよく“押し付け憲法”って言いますね。これは吉田茂や昭和天皇や色んな人達が憲法を作るために尽力したことをいかに侮辱しているということを理解していないと思う。
戦後レジュームを見直すのも憲法を改正するのも結構ですが、もっと礼節を持った言葉で、礼儀をわきまえるべきだと思いますね。(中略)こういう人を国葬にするということは、戦後からの現代史77年が、吉田茂の否定で終わってしまう」


保阪氏は、憲法改正に反対しているわけでも、吉田茂を信奉しているわけでもなく、あくまでも礼節の問題を語っていた。確かに安倍氏は、総理でありながらヤジを飛ばしたり、演説の観衆を“あんな人たち”呼ばわりしたり、礼節や品格では褒められる存在ではなかった。

保阪正康氏
「乱暴な言葉でいかに先達を傷つけているか、安倍さんの無神経さが問題だと言っているのに、岸田さんはその安倍さんを国葬で送ることで追認しちゃったんです。(中略)反歴史性というのはこのことを言っている。あなた方の大先輩が作って来た体制を崩壊せしめるようなことを言っている無礼さに国葬で報いるという反歴史的な失礼さを自覚しなさい、と」