2025年最初のスポーツ日本一が決まるニューイヤー駅伝 in ぐんま(第69回全日本実業団対抗駅伝競走大会。群馬県庁発着の7区間100km)。大会前日の12月31日、優勝候補の一角、GMOインターネットグループは10時30分に集合し、各自でフリージョグを行った。

吉田祐也(27)は単独で刺激練習(本番に調子を合わせるため、短い距離を少し強めに走る)を行い、「良い感じです」と1区への感触を確認していた。初優勝を目指すGMOインターネットグループのチーム状況を紹介する。

◇ニューイヤー駅伝(1月1日)の区間と距離、中継所
1区 12.3km 群馬県庁~高崎市役所
2区 21.9km高崎市役所~伊勢崎市役所
3区 15.3km 伊勢崎市役所~三菱電機群馬工場
4区 7.6km三菱電機群馬工場~太田市役所
5区 15.9km 太田市役所~桐生市役所
6区 11.4km 桐生市役所~伊勢崎市西久保町
7区 15.6km 伊勢崎市西久保町~群馬県庁

吉田は福岡国際マラソンから1ヶ月の日程にも自信

12月1日の福岡国際マラソン出場から1ヶ月。多くの選手が難しいと感じているスケジュールだが、吉田はニューイヤー駅伝でも、チームの初優勝に貢献する走りをすることを自身に課している。

4年前も福岡国際マラソンに2時間07分05秒で優勝したが、ニューイヤー駅伝は7区で区間25位だった。福岡が12月6日開催で、24年より5日も遅かったことも影響したかもしれないが、吉田は日程だけを計算して今回の福岡に出場したわけではなかった。

31日の練習後に4年前との違いを説明した。

「4年前は知識がなくて、勢いだけでニューイヤー駅伝を走ろうとしていました。見立ての甘さがありましたね。今回は4月に(12月の)福岡に出ることを決めてから、リカバリーの手段をずっと考えて来ました。学者の方にもお話をうかがいに行ったり、論文を読んだりして知識を蓄積してきました。結果を出すことを一番に考えて、その知識を行動に移しています。その成果を明日上手く発揮できればいいですね」

24年の吉田はここまで、プラン通りにトレーニングもレースも進めてきた。1月から母校の青学大に練習拠点を移し、青学大の原晋監督の指導を受け始めた。2月にマラソンで2時間06分37秒、6月には5000mで13分30秒91、7月には10000mで27分45秒85と3種目とも自己記録を更新。11月3日の東日本実業団駅伝1区は、区間2位に40秒差をつける独走だった。

東日本1区の独走は極めて珍しかったが、吉田には明確な狙いがあった。

「チームの優勝のために自分が何をすべきか、を考えました。後半区間に向けてリードを奪うことと、全員で戦う意思をみんなに見せる意図があって、こういうレースをしました」

ニューイヤー駅伝1区でも吉田が独走するのかどうか。1区を走るライバルチームの選手たちも、吉田の飛び出しを想定しているだろう。

「(飛び出す判断は通常は)勘ですね。風(の方向や強さ)に左右されるところですし、風や相手の出方は自分がコントロールできません。自分自身に集中することと、その上で天候に臨機応変に対応することの2つが大事です。まずは自分の走りに集中して臨みます」

走り始めて自身の状態が悪ければ、確実に区間上位でつなぐ走り方に変更するが、30日の会見のコメントからも、吉田はどこかで前に出るだろう。伊藤公一監督との話し合いの中では10kmを、区間記録(34分16秒=07年・マーティン・マサシ=スズキ)ペースで通過することも案として出ているという。