見えているうちに死ねたらどんなに楽だろうか

もともとは目が見えていた久保さん。高校卒業後、病院で血液を検査する仕事に就きました。

23歳の時に結婚。2人の子どもも授かりました。ところが33歳の時、目に違和感を覚え、眼科を受診したところ医師から難病の網膜色素変性症と告げられたのです。

(久保瞳さん(78))
「本当に奈落の底に突き落とされた。見えない生活って考えられないから、地底にもぐってモグラのように生きていかないととなった時に、見えているうちに死ねたらどんなに楽だろうかと拝み続けましたね、一時。ショックでしたね」

40代でほぼ視力を失い、一時は生きる気力も湧かなかったという久保さん。そんな中、出会ったのがマラソンでした。知人から伴走ボランティアを紹介されたことをきっかけに、風を切って走ってみたいという衝動にかられ、仲間とともにランニングクラブを結成しました。

(久保瞳さん(78))
「旭川の河川敷で鳥が鳴いていたり、川のせせらぎが聞こえたり、外は楽しかった」

そして、63歳の時、宮崎県でフルマラソンに初挑戦。見事完走し、その達成感を知ります。

国内だけでなく、ハワイ、オーストラリア、キルギスなど海外の大会にも出場。これまでにフルマラソンに27回挑戦し、すべて完走しました。

(久保瞳さん(78))
「走っている時には、なんでこんなのにエントリーしたんじゃろ、しんどいなって思うんですよ。でも完走できた嬉しさですよね、またチャレンジしてみたいという気になるんですよね」














