■なぜ故郷・宮島を離れ、岡山の高校に?岩村さんの決意とは


(明誠学院高校吹奏楽部 岩村伊都岐さん)
「今までとは違う世界に行きたかったので、島でしか育ってきてなかったので、すごく新鮮で、新しいこともいっぱい知れます」


それでも、部屋の中は「宮島」で溢れていました。

(明誠学院高校吹奏楽部 岩村伊都岐さん)
「ここが私の部屋です。頑張って片付けました(笑)」


「宮島から連れてきました。シカです。何か宮島のものを持っていきたいなと思って、これを見ながら島を思い出せるかなと思って買いました」


中学時代も吹奏楽部。しかし、新型コロナの影響で演奏会の中止や無観客での演奏を余儀なくされてきました。演奏できるのならより多くの人に音楽を届けたいと、全国大会の常連校・明誠学院への入学を決めたといいます。


(明誠学院高校吹奏楽部 岩村伊都岐さん)
「中学校時代までで『燃え尽きていない部分』もあって、まだやりたいと思って。やるならとことんやりたいと思って、あと音楽が好きな気持ちはずっと変わらなかったので…」

■母は宮島の老舗旅館7代目女将 宮島を離れた娘への思い


そしてついに、故郷・宮島で演奏する日がやってきました。


岩村さんの実家は、この地で168年続く老舗旅館を営んでいます。岩村さんの母・玉希さんは、7代目女将。旅館を切り盛りしながら200キロ離れた地から娘を応援し続けています。

(記者)
「県外の高校に、と聞いたときは?」


(岩村伊都岐さんの母 岩村玉希さん)
「早いうちから自分のやりたいことを見つけられる、というのはすごく幸せなことだと思うので、遠くに行くことになったとしても、応援したいと思いました」

■懐かしの宮島 初めての厳島神社の「ステージ」


「おはようございます」


生まれ育った、幼いころから慣れ親しんできた宮島の風景。それでも、岩村さんは世界遺産である厳島神社の社殿での演奏は初めての経験です。


「奉納演奏」という形で披露されるステージ。高校生がこの場所で演奏することは珍しいといいます。


(明誠学院吹奏楽部顧問 稲生健 教諭)
「岩村さん、出会いをありがとう」

奉納演奏は、吹奏楽だけではありません。岩村さんがソロで披露したのは。


「七浦めぐれる大潮に 浮かびて色ます厳島 滴る緑に小鳥歌い 丹塗りの鳥居に小波寄す」


宮島で生まれ育った人なら誰でも歌えるという、島の風景を歌った唱歌「厳島」。仲間たちが編曲してくれた演奏と合唱をバックに、多くの人たちに届けました。

「工(たくみ)は古りにし五重の塔 千畳閣には松風満つ」


(明誠学院高校吹奏楽部 岩村伊都岐さん)
「後ろから演奏と合唱が聞こえてきて、すごく背中を押されているみたいで、包まれた気持ちでとても楽しかったです」


(岩村伊都岐さんの母 岩村玉希さん)
「宮島でこうやって本人に『厳島』を歌ってもらえるとは思わなかったし、明誠の皆さんにも演奏していただけると思わなかったので、本当に感激しています」


(明誠学院高校吹奏楽部 岩村伊都岐さん)
「これからも好きな音楽で、もっと自分を表現できるように、周りにも影響を与えられるくらい頑張りたいと思います」


愛する地元で演奏する幸せを噛みしめた若き音楽家は、これからも音楽の持つ力を信じて夢を追いかけ続けます。


「♪窓の外には夢がある」