オフィシャルウエアは自国ブランドにこだわる

競技そのものではないオリンピックと中国。そんな視点から見ていこう。ただ、これは中国のメーカーに限ったことではない。4年に一度のオリンピック、同じく4年に一度のサッカー・ワールドカップは、注目度が高いだけに、どのメーカーだって、自社製品の普及に懸命だ。

わかりやすいケースでいえば、選手をはじめチーム関係者が着るオフィシャルユニフォームだ。胸に付いたロゴが、テレビで映れば、世界中の人の目に入る。宣伝効果はとてつもなく大きい。中国代表チームは選手400人を含め、総勢700人。彼らに支給されるオフィシャルウエアは、中国の国内スポーツメーカー、Li-Ning(リーニン)の製品だ。Li-Ningは漢字にすると「李寧」。李寧とは1980年代の中国男子体操チームの名選手の名前だ。李寧が引退後、実業界に転身し、自分の名前そのものをブランド名に立ち上げた。国家の後押しもあったようだ。

確かに、日本の代表団のオフィシャルウエアも、自国=日本のスポーツ・ブランド、アシックスのウエアだ。どのブランドも自社ブランドを採用されるように、しのぎを削ったはずだ。もちろん、中国も、競技ごとのユニフォームのブランドもロゴも異なる。日本などほかの国と同様だ。ただ、選手団全員が着用するオフィシャルウエアに中国以外の、アメリカのナイキや、ドイツのアディダスのロゴが付いたウエアを、着せるわけにはいかない。

中国の場合、いわゆる「中華民族ブランド」を着用するのは当然、ということだろう。プライドの問題だ。オリンピックを舞台にした、世界的なブランド同士、企業同士の売り込み合戦とは、少し色合いが違う。中国のここ数回のオリンピック代表のウエアはみなLi-Ning。このウエアを着た選手たちが活躍すれば、中国の国内外で、ブランド価値がぐっと上がる。

つまり、Li-Ningというブランドそのものが、国家を代表しているのだ。「全部、自分たちで仕上げる」「中国の力だけで完結させる」――。古い言葉で例えると、「自力更生」だ。冒頭、ドーピング検査をめぐる中国競泳選手たちの反応を紹介してきたが、皮肉なことに、記者会見で中国選手がドーピング検査について、不満・不信を語る際にも、胸にはLi-Ningのロゴがメディアを通じて、映し出されていた。

自国以外の選手・審判にもブランド浸透を図る

先ほど、Li-Ningブランドの浸透には、「国家の後押しがある」と言ったが、やはり、国家が中国の国民に対して、欧米のブランドではなく、自国のブランドを定着させたい、自尊心を植え付けたいとの思いは強い。李寧というスーパースターが立ち上げたブランドは、うってつけだ。

ただし、戦略は次のステップに移っている。Li-Ning中国のスポーツ用品ブランド、Li-Ningのウエアを、中国選手に着せるだけではなく、他の国の選手にも普及させる。また、競技によっては審判員のウエアにも広げることを狙っている。

パリオリンピックでも、バドミントンなど一部の競技においては、審判団にこのLi-Ningのウエアを提供している。テレビを観ている中国の視聴者にとって、自分たちの国の選手だけではなく、審判員がLi-Ningのロゴ入りのウエアを着ているのを確認できれば、Li-Ningというブランドの評価だけではなく、中国という国家の評価にもなる。

ただ、ほかの国の選手団に、Li-Ningのブランドを付けてもらう戦略は道半ば。アメリカのナイキ、ドイツのアディダスの存在は大きい。欧米の大手ブランドが先行している。選手のウエアに付いているブランドのロゴ、競技に関連する品々はいったい、どこの製品が採用されているのか? 競技以外にもパリオリンピックの見どころを見出したい。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。