1488人の尊い命が犠牲となった『長岡空襲』。
1945年8月1日午後10時30分からおよそ2時間にわたり、長岡の市街地にはアメリカ軍の焼夷弾が落とされ続けたのです。

今年も長岡市では平和祈念式典が開かれ、空襲の犠牲者を悼んで黙とうが捧げられ、平和への誓いを新たにしました。

当時12歳だった池田ミヤ子さんは、22歳の姉を亡くしたあの夜が忘れられません。
「バタバタと焼夷弾が落ちてくるのが見えました。防空壕から這い出して外に出たときに見たのは、倒れている姉の姿でした」