福岡市の中心部に大量の焼夷弾(しょういだん)が落とされ、死者・行方不明者をあわせて1146人に上った福岡大空襲から6月19日で79年です。
戦争を体験した人が年々減っていく中、記憶を風化させないための活動が続いています。
「火の雨」を今も鮮明に記憶
「火の雨が降るような状態に、あっという間に焼かれてしまった」19日、福岡市南区の玉川小学校で自身の戦争体験を伝えたのは「語り継ぐ会」の高橋英人さん(86)です。
79年前の6月19日、当時7歳だった高橋さんは、福岡市が空襲に見舞われたときの様子を鮮明に覚えています。

高橋英人さん(86)「家におっても危ない。『大濠公園へ避難せえ』ということで。だけどすごい人の中で私は弟の手がいつ離れたか分かりませんけれども、必死で握っていた男の子は別の男の子の手を握っていました」

小学6年の女子児童「私たちが当たり前にようにご飯を食べられたり、勉強ができていることが幸せだと思いました」

小学6年の男子児童「食事とか勉強もサイレンが鳴ったらすぐやめないといけなかったというお話から戦争がない国、世界が一番みんなにとって嬉しいかなと思いました」
体験語る人が減ることを危惧
約30年間、語り部として活動を続けてきた高橋さんですが、戦争の体験者が減っていくことに不安を感じています。

高橋英人さん(86)「体験談というか証言ができる人はあと数年で亡くなるんですよね。それが一番危惧ですよね。あとは『伝え聞いた』ということになりますからね」