名目賃金が期待ほど伸びないワケ
その理由としてまず考えられるのは、春闘の3.58%賃上げには定期昇給分が含まれているからです。
純粋な賃上げであるベースアップだけでみると、2.12%に留まります。
2つ目にあげられるのが、春闘での賃上げの恩恵がダイレクトに及ぶ勤労者は、全体の一部に過ぎないという当たり前の事実です。
連合加盟どころか、労働組合のない小規模な企業が、数としては圧倒的多数です。
そうした企業の賃上げ率は、連合の数字より低くなりがちですから、全体の数字が押し下げられるのは自然なことです。
3つ目の理由は、労働時間、とりわけ残業時間の縮小です。
働き方改革に加え、いわゆる2024年問題を控えていたので、23年4月以降は、所定外労働時間(残業)が一貫して、ゼロまたはマイナスという状況が続いています。
23年通年の所定外労働時間は、前年比0.9%のマイナスでした。残業は賃金割増の対象なので、時間の減少以上に実入りの減少につながります。
さらに、ボーナスなど「特別に支払われた給与」の伸びの鈍化も理由の1つです。23年の特別給与は前年比1.9%の増加で、22年の4.6%増から、伸び率が大きく鈍化しました。
もちろん事情は個社ごとに様々でしょうが、23年は春闘での月例給の賃上げ率が高かったので、ボーナスの増加は控えめにしたという企業もあったのではないでしょうか。
実際、「春闘でのベアが高かったので、ボーナス回答はいまいちだった」といった声を聞きました。
5%を超える賃上げ率の今年は
24年の春闘は、第一回の連合集計で、5.28%という画期的な賃上げ率となりました。
バブル期の1991年の5.66%以来の高い数字です。春から夏にかけて、この賃上げ率を反映した月例給が支給され始めるので、名目賃金は間違いなく上昇するでしょう。
しかし、連合集計の対象でない企業も含め、残業やボーナスも入れた「全体」がどこまで増えるのか。
仮に23年並みに、春闘の賃上げ率の3分の1しか反映されないとすると、名目賃金は1.8%程度しか増えない計算なります。これでは2%の物価上昇に負けてしまいます。
それどころか、足もとの3月の消費者物価(除く帰属家賃)は3.1%上昇なので、実質賃金プラスの世界は、かなり遠いと言わざるを得ません。
岸田政権は6月の定額減税に期待
岸田総理大臣は「今年中に物価高を上回る所得を実現する」と公約し、6月に実施される1人4万円の定額減税の効果に期待をかけています。
しかし、そもそも減税の恩恵は、世帯の所得や人数によってまちまちです。
しかも、電気・ガス代の補助金打ち切りが決まったことに加え、中東情勢を受けて原油高が進んでいること、さらに想定外の円安が進んだことを考えると、定額減税が実質賃金のマイナスをどこまで補えるか、かなり微妙と言わざるを得ません。
第一生命経済研究所の熊野英生さんの試算によれば、このまま1ドル=155円が続くと、24年度は前年度比7%の円安となって、為替要因だけで消費者物価を0.4ポイントも押し上げることになるといいます。
実質所得がマイナスのままでは、消費拡大や需要増大は望めず、経済の「好循環」には、たどり着きません。
円安や物価高を「注視」しているだけでは、実質所得のプラスは、逃げ水のように遠のいてしまうリスクに直面しているように思います。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)














