「相互主義」を日本に求める中国

中国国内で活動する日系企業を中心に、日本側はビザを免除する措置を早期に再開するよう、要望している。だが、そこに政治が絡む。1月に中国外務省のスポークスマンはこう述べている。

「日本の各界から要望が寄せられている、ビザの免除措置の再開について、真剣に検討したい」

だが、同時にスポークスマンはこうも言っている。

「日本が中国側と向き合って歩み寄り、双方の人的往来が、より円滑になることを期待している」

ポイントはここだ。「双方の人的往来が、より円滑になる」つまり、中国としては「こっちは日本人に対してノービザにするから、そっち、つまり日本も、中国人が日本へ行く時、なんらかの措置を考えてくれ」と呼びかけているのだ。

入国に関する「相互主義」ということだ。コロナウイルスが拡大する前、日本人が中国へ行く場合、短期間ならノービザだった。一方、中国人が日本へ行く時は観光旅行であれ、ビジネスでの訪問であれビザが必要だった。これは中国へ、日本人に来てほしいという中国側の措置であって、お互いにビザを免除するという「相互主義」ではなかった。

ある国が別のある国の国民をノービザにする場合、二つのケースがある。政策上、有利だと考えて片方だけがビザなしに踏み切り、もう片方にはビザが必要のまま残る。コロナ前の日本と中国の間はこのケースだった。もう一つのケースは、両方の話し合いによって、両方ともビザなしになる「相互主義」のスタイルだ。

コロナも一段落した。日本側がノービザの再開を求めるなら、今度は「相互主義」の精神に則って、日本側も中国人に対してノービザにしてほしい、ということだ。もちろん、すべての中国人に対して「ノービザにしてほしい」とは求めていないだろう。もし、そんなことをしたら、大量の市民が日本に押し寄せて、さまざまな問題が生じる可能性がある。そこは中国当局も理解しているはずだ。コロナ前に比べて「中国人の日本入国を簡素化してほしい」ということだろう。

ビザ問題は日中関係の現状を知るバロメーター

北京に近い大都市に、天津がある。日本の中国大使、金杉憲治大使は4月11日、その天津市を訪れ、トップである天津市共産党委員会書記の陳敏爾氏と会談した。天津は、トヨタ自動車など日本企業が多数進出している。金杉大使は会談で、短期滞在のビザ免除再開を要請した。実は、この天津市のトップは習近平主席の側近の一人。ビザの問題は、日中間の政治・外交とリンクしていると思う。だから、習近平主席に伝わるように、要請したのではないだろうか。

難問山積の日中関係だけに、やはりビザの問題は政治にリンクしている。岸田総理が国賓待遇で訪米して行われた先日の日米首脳会談の際にも、中国側は会談後に発表された共同声明を非難している。尖閣諸島や台湾問題、それに南シナ海の問題も含め、日米同盟強化に踏み切った内容を指し、「中国の内政に著しく干渉し、中国の利益を損なった」と抗議している。このようなテーマも、今後のビザの問題に影響してくるのではないだろうか。

もう一つ理由がある。冒頭、日本のパスポートが「世界最強のパスポート」と紹介した。その理由として、日本への信用度の高さと説明した。国のステータスを象徴しているとも言える。だから、中国のパスポートを持つことで、ノービザで入れる国を増やしたり、入国手続きを簡素化したりすることは、国家としてのステータスを高め、国民の誇りを駆り立てようとする習近平政権の目的とも一致する。

中国ではスパイ容疑で邦人が拘束されたままになっている。それも含め、さまざまな要因で、日本人の対中感情は芳しくない。ビジネスでも、観光でも、中国へ行こうという意欲が低下している中で、これ以上、人の往来が進まないと、関係改善は見込めない。

中国とて、経済は低迷した状態が続く。日本のビジネスマンには来て、投資してほしいが、そこには政治が絡む。中国も痛しかゆしだ。ただ、ビザ問題は、日中関係の現状を知るバロメーターの一つに思える。

飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。