春のセンバツ高校野球の一回戦で、惜しくも敗れた日本航空石川の野球部が地震後初めて輪島市の母校に集まりました。新学期からは拠点を東京に移し、夏の甲子園に照準を合わせます。

センバツでの激戦を終えてきのう輪島市に戻ってきた航空石川の球児たち。

3月29日、朝早くから自分たちの荷物を寮の部屋から運び出していました。


日本航空石川野球部・寳田一慧主将
「きのう久々に帰ってきて、すっきりした部屋っていうのはだいぶ寂しい気持ち。」


「Q.これは今回のセンバツの砂?」

「これは一つ上の先輩から受け継がれてきたもの」
「Q.今回甲子園の砂は持って帰ってきた?」
「持って帰ってない。夏行くために」

航空石川の全生徒は4月から東京・青梅市の明星学苑に生活の拠点を移します。

選手たちはグラウンドの被害状況も地震後初めて確認しました。

日本航空石川野球部・中村隆監督
「どうこれ?レフトすごい下がっとるわ」

グラウンドは地面に亀裂が入っていたほか、外野も広い範囲で陥没し練習ができる状況ではありません。

この後、選手らは市役所を訪問し、大会の結果を報告しました。

坂口茂輪島市長
「ぜひともこの経験を生かして、夏の甲子園出場をよろしくお願いします」

昼食として特別に準備されていたのは、食堂の人気メニューカレーです。


野球部員
「ばりうまい。懐かしい味、この味」

学び舎で束の間のひと時を過ごした航空ナイン、
夏、大舞台で校歌を歌うことを誓いました。

中村監督
「過去の先輩たちがここでずっとやってきた伝統も残っている。ここの景色をよく覚えて、ここでやってきた気持ちをそのまま東京に持って行って、石川県で夏制して甲子園に戻る」