食材費などの物価高騰を背景に、2023年はラーメン店の倒産件数が過去最多を記録した。苦境に立たされている業界だが、右肩上がりに売り上げを伸ばしているラーメンチェーンがある。

九州一円で、二郎インスパイア系の「太一商店」、みそ専門の「味噌乃家」などを展開するヤマナミ麺芸社だ。現在の好調の一方で、かつては多額の借金を抱えていた。

企業の思いや開発秘話を深掘りする企画『DIG Business』。会社をV字回復させた2代目社長の吉岩拓弥さん(45)に成功の秘訣を取材した。

創業者の父親が突然の他界

ヤマナミ麺芸社は大分、福岡、熊本、鹿児島の九州4県で、7業態27店舗のラーメン店を手がけている。2023年9月期の売り上げは前期比116%の23億8000万円に。これは吉岩さんの社長就任時と比べると約10倍となる。

吉岩社長
「コロナ禍が明けて全体的に需要が戻ってきたことが大きな要因です。なかでも太一商店に若い層が戻ってきて売り上げを伸ばし、グループ内でも8億1000万円でトップとなっています。比較的高い年齢層に人気の味噌乃屋の伸び率もよかったですね」

吉岩拓弥社長

創業は1994年。1号店は正統派とんこつラーメンを提供する「ラーメン工房ふくや」で、吉岩さんの父親が地元の大分県別府市に開業。ヤマナミ麺芸社の前身となるゴールドプランニングを設立した。その後、家族でも楽しめるラーメン店をコンセプトにした「麺堂香」をつくり、計4店舗を運営。そのほかカラオケ店やキャバレーも営むなど、会社は手広く事業を展開していた。

ところが、売り上げが伸び悩み経営難に陥る。当時、福岡の大学を卒業し、一般企業で働いていた吉岩さんは半年で退職し、父親の会社の事業整理を手伝うため大分に帰郷。そんな最中の2004年、吉岩さんが25歳のときに、父親が自ら命を絶った。

「悲しみもありましたが、ラーメンのことは全く知らないし、正直これからどうしようという思いが強かったです」

会社を引き継ぐも、残されたのはラーメン店と借金7億円。吉岩さんは弟の正純さん(現専務取締役)とともに改革に取り組むことを決めた。

「弟とはそんなに口をきく仲でもなかったのですが、そんなこと言っている場合ではなかったですからね。ただ若僧がいきなり社長になって受け入れられなかったのか、半年くらいでベテラン社員が3割近くも辞めてしまいました」

「ラーメンを食べ歩いたり、科学的な部分も勉強したりしました。そして味、メニューも少しずつ変えました。店舗の改装はお金がなかったので、自分たちで壁を壊し、ノコギリを使って窓も作りました。すると客も次第に増えてきました」

様々なジャンルのラーメンに挑戦もクレームが…

売り上げも徐々に増え、新しく社員も雇用するようになった同社は、新ジャンルのラーメンを展開することを決めた。吉岩さんが注目したのは若い男性を中心に支持されている二郎ラーメンだった。

「大分になじみのない新しいラーメンを作ろうと考え、全国を食べ歩いた結果、行き着いたのが二郎系でした。当時、二郎ラーメンで修業していた経験者から指導を受け、教えてくれた通りにラーメンを作って太一商店をオープンしました。そうしたら客から『これはラーメンじゃない!うどんじゃねえか』といろいろ言われました。忠実に再現したつもりなんですが…オープン3日後から『このままいくとダメだな』と思い始めました。そこで、ちゃんと地元の人の舌に合うよう3年くらいかけてカスタマイズし、今のとんこつベースのスープができました」

太一盛り1080円(太一商店)

この挑戦をきっかけに、今まで地域にないジャンルを作って喜んでもらえることが楽しくなってきたと話す吉岩さんは、家系ラーメンやみそラーメンも開発。やはり改良を重ね、人気店として押し上げた。

「ラーメンは嗜好品。同じラーメンでも合わない人もいる。その地域の中で“なじみの店”を持ってほしかったんです。いろんなジャンルのラーメンがあると人口の少ない地方でも面白いでしょ、そういう発想です」

そして同社は2008年、熊本への進出を決めた。吉岩兄弟2人は店舗の上にあるアパートに半年ほど住み込みで働いた。売り上げは月に300万円ほどだったが、今では1200万円を超えている。

販路拡大に向けM&A、麺産業の食品メーカーへ

会社が軌道に乗る中、社員からは独立を希望する声も上がり始めた。このため、同社はファミリー型独立支援制度を新たに設けた。

「0円独立と言うとなんか怪しげですが、独立となると家族もいるし、心配じゃないですか。そういうこともあり、最初は店の厨房や内装などは会社で用意し、その代わりレンタル料をもらう。採算がとれる可能性が高いので、そこで生活のベースを作って、その後、完全に独立すればいい。これまで10人が独り立ちしました。会社はなんかあったら相談できる実家みたいなもんです。音信不通のときはうまくいっているときなんです(笑)。ただし入社せずにフランチャイズを希望する話は全て断っています」

グループ内の全ラーメン店は創業以来、自社で製麺している。そうしたところ、同業者から『麺をつくってほしい』という依頼も舞い込んできた。太麺や細麺など顧客からの様々な要望に応え、1999年から製麺事業を本格的にスタートさせる。

「当時はシェア文化も流行り始めていたし、ライバル店であろうが依頼は受注していました。複数のラーメン業態を展開していたおかけでノウハウもあり、事業もうまくいきました」

食文化にもっと貢献したいと思うようになった吉岩さんは、2018年に社名を「ヤマナミ麺芸社」に変更した。大分県別府市と熊本県阿蘇市を結ぶ九州横断道路「やまなみハイウェイ」から命名したもので、九州一円で欠かすことのできない麺産業の食品メーカーを目指すという。

そして販路拡大に向けM&Aも実施した。カット野菜メーカーの「トーヨー」(熊本)や、辛子高菜で知られる「樽味屋」(福岡)、長浜ラーメンの人気店「長浜将軍」(福岡)を次々と買収した。

二代目 長浜将軍(福岡)

「樽味屋は博多駅、福岡空港、高速のサービスエリアという得意な販路を持っていたんです。我々にはない販路ができ、新しい商品をつくったときに提案ができる。辛子高菜とラーメンは切っても切り離せない関係ですしね」

2020年、国内で感染が広がった新型コロナウイルス。飲食業界を直撃したが、同社はコロナ禍にもかかわらず、売り上げを伸ばした。

「ラーメン店は昼・夜・閉店間際の3つのピークがあるんですが、規制の影響で夜以降の売り上げは落ちました。ただ夜に行けない分、昼の時間帯の来店客が増えました。また、居酒屋などが別の業態でランチの提供を始めるなどして製麺分野の引き合いも増えたんです。これも多くの業態をもっているからこそ、様々なオーダーに応えられたと考えています」

ラーメン1杯「1000円の壁」

東京商工リサーチによると、2023年のラーメン店の倒産(負債1000万円以上)は45件で、2013年の42件を上回り、過去最多を記録。店舗維持費や食材費の高騰により資金繰りを直撃したという。当然、同社でも対応に追われた。

「小麦の価格は1.8倍くらいになっているし…骨も肉もすべて上がっている。価格転嫁をせざるを得ないのですが、すべて値上げはしていない。ラーメン・半チャーハンセットは1000円以下にしたいので、余計なメニューをシンプルに外しました。メニューをしぼり、管理業務を減らすことでコストも削減できる。内部努力でなんとか価格を抑えている状況です」

「最近、駅で800円くらいするコーヒーを高校生が楽しそうに飲んでいるのを見てびっくりしましたよ。ブランド力や付加価値は本当にすごいなと感じます」

ふくや元ラーメン700円 半チャーハンセット1000円

物価が高騰する中、価格転嫁が難しいと言われているのがラーメン業界だ。最近よく聞くようになった“1000円の壁”。庶民の食べ物として定着しているラーメンが1杯1000円を超えると、『高い』という消費者の感覚が働き、客足が遠のくという。

「1000円の壁はあります。500円という時代がありましたから。1000円の壁を突破するためには相当な努力もいるし、今の700円~800円くらいになるまで、長い期間かかりましたし。現状モノばっかり高騰していますが、所得も上がれば、いずれラーメンも1杯1000円を超える時代が来るのではないでしょうか」

「ラーメン店の運営で大切なことは作りたいものと、客の舌がマッチしているかです。おいしいというのは大前提ですが、客がまた来たいと思う味にすることが大事で、これが一番難しい。例えば1000円の食事予算だとする、あと500円出せばトンカツ定食が食べられるし、もうちょっと出せばステーキもいける。そうするとライバルも変わるので、特に郊外では競争が激しくなっています」

今年3月8日、原点回帰の思いも込めて、創業の地である別府市にあった店舗を「ふくやラーメン工房」として復活させた。

「ラーメンって飽きられることが多いんです。良い方向にいったこともあるし、悪い方向もありましたけど、レシピや歴史は守るものでなく、積みあげていくことが大事なんです。守り100%だと、いずれ下りエスカレーターになる。世の中、多様化のスピードが速い。新しいことを積み上げていかないと生き残れない時代になっている。会社を引き継いだ当時は決していいバトンタッチではなかったが、守ろうとしていたら今はなかったと思います。だから、あのときの出来事は今思えば自分の宝です」

吉岩拓弥社長

取材時の質問に、いつも『行き当たり“バッチリ”なんです』と笑う吉岩さん。今後も新ジャンルへの挑戦、M&Aも積極的に行い、麺産業の専門商社としてさらなる高みを目指す。