(ブルームバーグ):高市早苗首相は今年2月、「とにかく成長のスイッチを押して、押して、押して、押して、押しまくってまいります」と印象的なフレーズを残した。だが今、こうした成長重視の姿勢は、日本の財政が犠牲になると懸念する財政規律派との対立に直面している。
首相の在任期間がおおむね2年前後にとどまる日本では、新たな成長戦略と聞いても、またかと思う向きは少なくない。しかし、6月に原案が公表され、今月に閣議決定される方向の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」と日本成長戦略は、これまでとは一線を画している。
デフレ脱却後初の成長戦略であり、数十年ぶりとなる包括的な産業政策でもある。民間と合わせて2040年度までに370兆円規模の国内投資を実現し、中国に対抗して経済・地政学面の双方で日本の競争力を強化することを目指している。
これは、金融政策と市場メカニズムに依存してきた時代を経て、日本を再び産業国家として築き上げようという提言にほかならない。だが、日本を偉大な産業国家にする上で最大の障害は、中国ではなく、自国の財政支出への慎重姿勢である可能性が高い。
投資不足が最大の問題
これまでの成長戦略は、マクロ経済やリフレ政策を重視するものが多く、構造問題を解決し、規制緩和を進めれば産業界も自然と成長軌道に乗るという発想が前提だった。
安倍晋三元首相の退任後、日本には本格的な長期成長戦略が存在しなかった。その後の政策も、賃上げや地方創生を掲げながら、それをどう実現するかは十分に示さず、半導体産業の再生のような取り組みも特定分野に限定されていた。
これに対し、高市氏はフィジカルAIや量子コンピューティングなど、17の戦略分野・62の製品・技術を対象に据えた。この30年にわたる国内投資不足こそが日本経済最大の問題だと考えている。
戦略の中で中国という国名はあえて記されていない。代わりに、太陽電池やレアアース、一部の医薬品原料などで「特定国」が支配的な地位を占めていると表現されている。
だが、防衛や造船、サイバーセキュリティーを重視する内容を見れば、その対象が中国であることは明らかだ。これは、中国の圧倒的な製造能力や技術開発への野心、さらに産業基盤を地政学的な影響力として活用する姿勢への経済安全保障上の対応策と言える。
競争力失う
かつて強力な通商産業省を擁していた日本は、1980年代後半に米国との貿易摩擦が激化する中、政府主導の産業政策から距離を置くようになった。
また、一部の国のような産業空洞化には陥らなかったものの、国内投資は不足したままだった。バブル崩壊やアジア通貨危機を経験した企業は極めて慎重になり、デフレ下では設備投資を翌年以降に先送りする方が有利だったことから、投資よりコスト削減を優先する体質が定着した。
日本が産業政策から距離を置いた時期は、半導体産業が世界的な成長の最大の恩恵を受けた時代と重なる。一方で企業は債務の圧縮を進めたが、中国は企業に積極投資を促し、価格競争を通じて競合を市場から締め出す戦略を進めた。
その結果、日本は本来であれば優位に立てたはずの複数の産業で競争力を失った。今回の政策パッケージは、同じ失敗を繰り返さないことを目的としている。
財政規律派
だが、この構想を頓挫させる可能性があるのは、財政規律派だ。最も議論を呼んでいるのは、将来にわたって投資を継続できるよう、新たな財政運営の仕組みを導入する計画である。片山さつき財務相は、この見直しについて予算編成で戦後最大の改革だとの認識を示している。
成長戦略案では、償還財源の裏付けのあるつなぎ国債の発行により、投資を前倒しできるとしているが、その償還財源は、事前に財源を明示するよう求めるルールがあるにもかかわらず、依然として明確ではない。
財政規律を重視する勢力が抵抗せずに引き下がるとは考えにくい。積極財政のイメージがある日本だが、与党内では、財政支出の拡大を主張する勢力と、財政健全化のため歳出を抑えるべきだとする勢力が絶えず対立している。
後者には債券市場という味方もいる。財政運営の転換を巡る懸念から、国債利回りが再び上昇しているためだ。市場では、今月に閣議決定される見通しの骨太の方針にちなみ、「骨太ショック」との声も聞かれる。
官僚の目利き力
ほかにも課題はある。日本はかつて、有望産業を見極める力に定評があったが、近年その力は失われた。官僚は、自由市場よりも適切な産業や企業を選び出せるだろうか。
今回の成長戦略にゲーム分野が盛り込まれたことは、一つの警戒材料かもしれない。世界市場で既に成長している産業が、造船や量子コンピューティング、重要鉱物と同じ水準の政策支援を必要としているとは考えにくい。
また、日本は韓国とは異なり、ソフトパワーを官主導で育成しようとした過去の取り組みで、必ずしも成功を収めてきたわけではない。
さらに、企業側の協力をどう取り付けるかも課題だ。370兆円の投資のうち、民間がどの程度を担うのかについて、計画では示されていない。
産業政策の実現には長期政権必要
日本は歳出を抑えるだけでは成長を実現できない。AIやデータセンターに巨額の資金が投じられる中、世界では、市場に全てを委ねる自由放任主義から、政府も一定の役割を果たすべきだという認識へと潮流が変わりつつある。
日本は過去最高水準の税収を確保し、企業も潤沢な手元資金を抱えている。問題は資金不足ではなく、それをどう動員するかだ。
高市氏にとって最大の障害は、首相の座に十分長くとどまれるかどうかだろう。企業経営者や債券市場の参加者、財務省の官僚らに、今回の戦略が一時的な政策ではなく、新たな時代の始まりだと納得させるには時間が必要だからだ。
数十年に及ぶ産業政策を実現するには、1回の予算編成を超えて政権を維持できる首相が必要なのだ。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)
原題:Takaichi Wants to Make Japan Inc. Great Again: Gearoid Reidy(抜粋)
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