(ブルームバーグ):性犯罪で有罪判決を受けた後に死亡した米富豪のジェフリー・エプスタイン氏は、世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)の舞台裏で、自らを「ダボスのコンシェルジュ」と称して知人らのために面会を仲介していた。
スイスの山岳リゾート地で開かれてきたダボス会議を、エプスタイン氏は「嫌っている」と主張していた。しかし、米司法省が公開した電子メールやブルームバーグが入手したエプスタイン氏のヤフーアカウントのメール一式からは、同氏が会議を利用し、長年にわたり自らの人脈を売りに見返りを得ようとしてきた様子がうかがえる。
メールによると、2008年に未成年者を売春に勧誘した罪などで有罪判決を受ける前後を通じ、エプスタイン氏は知人に対しダボス会議への参加を支援すると申し出ていた。また、宿泊先の確保を手助けしたほか、億万長者や政府高官との面会を取り付けると約束していた。
エプスタイン氏が実際にダボス会議に何度出席したのか、あるいは出席したことがあるのかは不明だ。WEFは問い合わせにコメントを控えた。同氏は2019年8月にニューヨーク市マンハッタンの拘置施設内で死亡しているのが見つかり、自殺と結論づけられている。
この記事は、米司法省が公開した電子メールやその他の文書に加え、ブルームバーグ・ニュースが昨年入手した電子メールと添付資料一式に基づく。ブルームバーグは当該データについて一連の検証を実施し、一部メールの強力な真正性確認、重要な開示内容の独立した情報源による裏付け、メールヘッダーやその他のメタデータの精査を行った。その結果、改ざんや偽造を示唆する不整合は確認されなかった。
WEF創設者で昨年まで会長を務めたクラウス・シュワブ氏は、報道担当者を通じ、エプスタイン氏と面会したことは一度もないと「確信している」と述べた。
ビル・ゲイツ氏との面会のために助言
ダボス会議を巡るエプスタイン氏のメッセージからは、職業上の人脈形成の機会と、個人的な便宜や含みを持たせた示唆を織り交ぜていた様子が見て取れる。
2009年12月、フロリダ州での収監から出所して6カ月後、エプスタイン氏は知人である免疫学者ボリス・ニコリッチ氏とダボス会議についてやり取りした。10年1月の会合を前に、ニコリッチ氏は「最新のリストを添付します。目を通して、私が誰と会うべきか(あなたの友人でも、私にとって有益になりそうな人物でも)推薦してもらえるとありがたい」と送った。
翌日、エプスタイン氏は「まずはウェイトレスやスタッフにかわいい子がいるかどうか確認しよう。優先順位を忘れるな」と返信し、「リストには目を通す」と付け加えた。
次の年になると、ニコリッチ氏はビル・ゲイツ氏と面会するためにエプスタイン氏に助けを求めた。11年1月25日付で「最愛のダボスのコンシェルジュへ。ビルとの面会を取り付けるのがいかに難しいか、私の苦労が分かるでしょう」と書き、「彼の電話番号は持っていませんが、融通が利かないアシスタントの連絡先ならあります」と続けた。
これに対しエプスタイン氏は、ゲイツ氏を夕食に招くよう促し、「楽しめるはずだと、私(エプスタイン氏)が思っていると伝えてほしい。出席者の顔ぶれも伝えた方がいい」と記した後、「ダボスのコンシェルジュより」とメールを結んだ。
メールからは、ニコリッチ氏とゲイツ氏が実際にダボス会議で面会したかどうかは確認できない。
ニコリッチ氏の会社のウェブサイトによると、同氏はその後にゲイツ氏の顧問に就任した。
ニコリッチ氏はコメント要請に応じなかった。過去にはエプスタイン氏と事業上の関係はなかったと述べている。
ゲイツ財団およびゲイツ・ベンチャーズにコメントを求めたが回答はなかった。ゲイツ氏はエプスタイン氏と知り合いだったことを後悔していると述べている。
政財界の有力者の名前も登場
エプスタイン氏のダボス会議にかかわるメールには、国際ビジネスや政界の有力者の名前も登場する。
エプスタイン氏のヤフーメールアカウントによると、2008年1月、同氏はダボス会議に先立ち、アラブ首長国連邦(UAE)の富豪スルタン・アハメド・ビン・スレイエム氏と当時の欧州委員会の委員だったピーター・マンデルソン氏との橋渡し役を務めた。
ビン・スレイエム氏は1月17日付のメールで「友人のジェフリー・エプスタインから会うことを提案されました。私は23日と24日にダボスに滞在し、25日午後3時に出発します。ご都合のよい日程をメールでお知らせください」と記した。
2人が実際に会合で面会したかはメールからは分からない。両者はコメント要請に応じなかった。マンデルソン氏は過去にエプスタインとの関係を後悔していると述べている。
2010年のダボス会議では、当時JPモルガンの幹部だったジェス・ステイリー氏のために、マンデルソン氏や当時の英財務相アリステア・ダーリング氏との面会をエプスタイン氏が手配していたことが、後に公表された銀行の調査関連資料で明らかになった。
ステイリー氏はコメントしていない。ダーリング氏は2023年に死去した。
米司法省が公開したメールによると、2013年12月には元米財務長官のラリー・サマーズ氏に対し、ダボスでのモンゴル関連会合について「あなたのために会合を調整すべきだ」と提案した。14年1月、サマーズ氏はモンゴル大統領諮問委員会の会合に出席し、議事録によるとエプスタイン氏も電話で参加した。公開資料では、その後サマーズ氏に謝礼が送金されたことも示されている。
約6カ月後、エプスタイン氏はサマーズ氏に見返りを求めている。知人女性をWEFのグローバル・リーダー・オブ・トゥモローに推薦するよう依頼した。サマーズ氏は「彼女は賢いのか。魅力的か。どんな資質を証言すればよいのか」と返信したが、女性が選出されたかは不明だ。
サマーズ氏にコメントを求めるメールに対し、広報担当者から返信はなかった。
WEF総裁との関係、調査始まる
米司法省の資料には、エプスタイン氏とWEFの最高経営責任者(CEO)兼総裁のボルゲ・ブレンデ氏とのメッセージも含まれている。
今年2月初旬、WEFは両者の関係について独立調査を開始した。フォーラムは声明で、この調査は組織の「透明性の確保と組織の誠実性維持へのコミットメント」を反映したもので、ブレンデ氏の要請によるものだと説明した。
米司法省が公開した資料によると、ブレンデ氏はエプスタイン氏とテキストメッセージをやり取りし、2度にわたり夕食を共にしていた。1回はエプスタイン氏の最初の有罪判決から10年後の2018年9月、もう1回は最終逮捕の1カ月足らず前にあたる19年6月13日だった。
ブレンデ氏は声明で、エプスタイン氏の過去や犯罪行為については「全く知らなかった」と述べた。また、エプスタイン氏の犯罪歴を知っていれば夕食の招待は断っていただろうとし、「エプスタインの経歴について、より徹底した調査を行うべきだったし、それをしなかったことを後悔している」と語った。さらに「私のやり取りは数通の電子メールとSMSメッセージに限られていた」と付け加えた。
原題:Davos ‘Concierge’ Jeffrey Epstein Used WEF to Broker Elite Meetings(抜粋)
--取材協力:Harry Wilson、Jonathan Browning、Jeremy Hodges、Jan-Henrik Foerster、Fergal O'Brien.
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