この空中戦で「屠龍」がB‐29に体当たりしたのを上野原市西原の人たちが目撃していました。

屠龍で体当たりし、戦死したのは茨城県出身の学徒兵 広瀬治少尉21歳でした。
機体の落下地点の傍らには追悼の石碑が建立されています。

80年前のこの日は雪が残る寒い日だったということです。

一方、体当たりされ墜落したB‐29にはアメリカ兵11人が乗っていましたが、8人が墜落した現場近くで遺体で見つかりました。
残りの3人はパラシュートで脱出。
このうちの1人が上野原市からおよそ20km離れた旧恩方村、現在の東京都八王子市の山の中に降りました。