福島では原発事故の“象徴”をオブジェに

福島県立博物館の筑波さんは、このように山内さんを評価します。

福島県立博物館・筑波匡介さん:「山内さんは最初の段階であれだけ集めたのがすごい。普通はできない」

この博物館では4年前、あるオブジェを制作しました。原発事故後、南相馬市の牧場で長期避難を余儀なくされ放置された牛が餓死しました。牛舎の柱には牛が餓死する直前まで飢えをしのごうとかじった跡が残りました。

筑波匡介さん:「衝撃的だった。これ残しておかないとと直観的に思った」

しかし、牛舎は倒壊の恐れから解体を余儀なくされました。そこでレプリカとしてでも価値があると忠実に再現。学芸員には事実を一方的に語るだけでは、震災の記憶は伝承できないという危機感がありました。

博物館ではこれを「震災遺産」と位置づけ、いま学校への出張授業で役立てられ始めています。

筑波匡介さん:「学芸員が一方的に資料説明をしても子どもたちや聞いている人に定着しない。10年経つと他人事。自分事として想像力を働かせる必要がある」

いま伝承施設が整備される一方、記憶の風化が叫ばれています。