毎年3月11日に灯す“あかり”
佐藤敏郎さん:
「ちょうどですね、竹あかりの準備をしていて。その作業にちょっと参加してもらいたいなと。簡単だけれども、みんなでやらないとできない作業なんですよ。3月11日にあかりを灯すんですよ、小さな灯りがたくさん。しかも今行ったらお昼時だと思います。まず食べて、それからちょっと手伝ってもらえればと思います」
影山拓也さん:
「ありがとうございます!」

佐藤敏郎さん:
「遺族や地元の人だけじゃない。むしろ他所から来た人が多い。今日来ている人のほとんどが、大川小学校のことは気になっていたと。でも『どう関わっていいかわからない』とそんな人たちが来て、穴あけ作業をする。一緒にご飯食べながら」
敏郎さんに連れられてやってきたのは車で数分の所、この日は50人ほどが作業をしていました。
影山拓也さん:
「『IMP.』というグループで活動している影山拓也です。宜しくお願いします」

お邪魔した時は ちょうどランチタイム。
温かく迎え入れられた影山さん。
お昼はボランティアの大学生たちと一緒です。

影山拓也さん:
「大学何年生ですか?」
ボランティア:
「1年生」

影山拓也さん:
「何をされているんですか?」
ボランティア:
「今はお声がけいただいて、学生語り部も何人かやらせてもらっています」

影山拓也さん:
「こんなこと言っていいのか分からないですけど、正直、幼稚園児の時の、震災当時の記憶って、そんなに語れるほどないと思うんですよね。それでも、皆さんの年代の方が、やっているのはすごく意味があると思います」

佐藤敏郎さん:
「まさに今言ったようなことを、彼らは何回も話し合いをして、どんな言葉にしようとか、『私たちがやっていいかどうか』という所から始まった」

ボランティア:
「自分たちの言葉が、届いたなって思う時がすごく嬉しいです」
あの日、まだ幼かった子どもたち。
自らの言葉で、記憶の風化と戦っています。







