「降格は最大の言い訳になる」

カボチャ姿の山室がゲートへ向かう。開門から30分間、来場者とハイタッチし、記念撮影に応じた。その振る舞いはまるでディズニーリゾートの“キャスト”のよう。社長就任以来、ホームゲームで出迎えを続けている。「リアルにファンの感情が伝わってくる。直接ご意見をいただける」。アルバイトを含めたすべての従業員に、自ら「もてなし」の手本を示す意味もある。
みずほ銀行出身。「リアル半沢直樹」と呼ばれる手腕を買われ、プロ野球・千葉ロッテマリーンズの社長として球団初の単独黒字化を達成した後、2020年1月からエスパルス社長を務める。
2022年11月。エスパルス2度目のJ2降格が決まったのは、コロナ禍の集客低迷からようやく抜け出し始めた時だった。再び観客の足は遠のくのではないかー。フロント(運営側)にもチームにも、ネガティブな雰囲気が蔓延した。「チケットの値段を下げた方がいいのでは」と弱気になる社員もいた。

「降格は最大の言い訳になる」。山室は危機感を抱いた。「社員の思考まで落ちてはいけない。我々は変わらずJ1の経営をやろう。J1のつもりで戦おう」。全社員にメッセージを出した。
チケットは価格変動制を維持し、平均単価は落とさなかった。今年7月、東京・新宿の国立競技場で開催したホームゲームには4万7628人とJ2リーグ歴代最多となる観客を集め、今シーズンのホームゲーム総観客動員数は30万2,254人と、チーム最盛期の2010年の30万6,022人に迫った。
J2に降格したのに、スタジアムに足を運ぶファンを増やした秘策は何だったのか。フロントの全社員が部署の垣根を越えて一丸となり、ファンを楽しませるための社員発の企画を一つ一つ、戦略的に実行に移したことだろう。

「みな一生懸命にやってはいたが、それぞれが好き勝手にバラバラな方向に走っていた。ビジネスとしての甘さがあった」。山室が社長就任時に抱いた印象だ。
チームが強ければ、おのずとファンはついてくるー。そんな名門チームゆえの慢心を感じ取り、打ち砕こうとしてきた。「お客様に最高のエンターテイメントを提供しなければならない」と社員に言い聞かせた。なぜならチームの強さは、いくら多額の強化費を費やしたところで運営側にはコントロールできないからだ。