「特攻兵」を見送った整備兵 

太平洋戦争末期、日本軍は爆弾を搭載した航空機で敵艦に体当たり攻撃を行う「特攻」作戦を行いました。

その特攻隊の航空機「零戦」の整備にあたっていた香川県高松市の多田野弘さんが今月(5月)5日、105歳で亡くなりました。

RSK山陽放送は昨年(2025年)6月、多田野さんから戦争体験の話を聞いていました。

多田野さんは整備兵として、日本で初めての特攻隊「敷島隊」の出撃を見送りました。当時の状況を鮮明に記憶していました。