惜しまれつつ姿を消した「映画館」

1999年、高松市にあったある施設が惜しまれながらも77年の歴史に幕を下ろしました。映画館「ライオンカン」です。この「ライオンカン」が高松市の商店街「ライオン通り」の名前の元になったんです。開業は1922年…大正11年でした。

ライオンカンは矢野サーカスの生みの親矢野正太郎さんの妻「米(よね)さん」が作ったもので、名前の由来は当時ライオンを飼っていたことからでした。しかし、百獣の王ライオンも観客の減少には対抗することはできませんでした。

カメラの先にあるものとは

ずらりと並んだカメラが狙うのは…列車が走りながら金属の輪を受け渡す最後の風景。

タブレットと呼ばれるこの輪は、鉄道の単線区間での衝突を防ぐため持っていないと走ることができないいわば通行証。

因美線の急行「砂丘」のみで行われていましたが、「砂丘」が廃止となりこの日で最後となりました。