「ラストサムライ」…どんな武士だった?
瀧善三郎。岡山市北区御津金川に生まれた備前岡山藩の武士です。

旧幕府と明治新政府の間で緊張が続く中、兵庫県の西宮の警護に向かっていた道中、事件が起こります。

善三郎らの隊列が神戸三宮神社の近くに来た時フランスの水兵が侍の隊列に無理矢理割って入ろうとしたのです。

当時、侍の行列を横切るのは御法度。善三郎は止めたものの水平たちは応じず銃撃戦に。

死者は出なかったもののその後、諸外国も乗じ外交問題にまで発展したのです。

この責任を切腹することで1人で背負ったのが瀧善三郎でした。
善三郎の死がなければ戦争を仕掛けられ、神戸の村は植民地にされていかたもしれないと言われています。

しかし、のちに「神戸事件」と呼ばれるこの一連の出来事はかん口令によりあまり伝えられていません。

(劇団歴史新大陸 後藤勝徳さん)
「武力を背景とした砲艦外交の前にたった一人の武士の、たった1本の短刀で立ち向かって(切腹して)それを打ち負かしたというか、そのことによって日本を戦火から守った」










