再発してもピアノを優先「抗がん剤を遅らせることに迷いはなかった」
2023年8月、高橋さんは、忙しい夏を過ごしていました。その疲れのせいか、腰に痛みを感じて整形外科を受診したところ、骨転移が見つかりました。
再発です。
オーディションで優勝し出場権を得た「岡山パリ祭」は、1か月後に迫っていました。
高橋さんは、「抗がん剤を始めると体調がどうなるか分からない。それなら抗がん剤は本番のあとにしよう」と即座に心を決め、蓮井さんと練習を重ねました。
抗がん剤を遅らせることに、迷いはなかったといいます。
「パダン・パダン」を繰り返し演奏する中で、高橋さんがふと「しんどい曲だな」と呟いたことがあったといいます。
人生の辛さをまざまざと突き付けられるような「パダン・パダン」を表現する苦しさがあったのかもしれません。
けれど、お互いに満足のいく演奏ができたときは、しみじみとその余韻を、言葉もなく共有しました。
「本当に心に響いたときは、そうなりますよね」と蓮井さんは振り返ります。
「パダン・パダン」で描かれる人生の厳しさは、2人を奮い立たせる力強さもあわせもっていたのでしょう。
少しずつ、高橋さんの病は進んでいきましたが、2023年10月28日。
ついに、「岡山パリ祭」本番を迎えました。
移動は車いすとなっていた高橋さん。
体力は少しずつ落ちていましたが、気力は満ち溢れていました。
高橋さんは、会場に到着して感じた空気感から、突如「演奏の構成を変えよう!」と思いつき、蓮井さんに提案しました。
オーディションでは、ピアノの短い前奏に続き、蓮井さんが歌い始める構成でしたが、本番では、ドラマチックなピアノ独奏から始まり、無音になったところで、蓮井さんが歌い始めるという大きな変更です。しかも、当日に。


高橋さんの提案は、大成功。
まさに、生きる道をまっすぐに指し示すような、迷いのない「パダン・パダン」。熱演した2人に、客席からは大きな拍手が届きました。