26日のプロ野球ドラフト会議で、東海大星翔高校の百﨑蒼生(ももさき あおい)選手が阪神タイガースから4位で指名されました。

百﨑選手は神奈川の強豪・東海大相模から転入。高校通算39本塁打を放った、注目のスラッガーです。

百﨑選手がドラフト指名されるまでには母と子の物語がありました。先日掲載した記事を再公開いたします。(初出:10月16日)

「母に恩返しを」東海大星翔のスラッガー

紹介するのは高校通算39本塁打と全国注目の高校生スラッガー、東海大星翔の百﨑蒼生(ももさき あおい)選手です。その強さの原動力とは?

守備でも幾度となく好プレーを光らせ、チームを夏の甲子園に導きました。

東海大星翔 百﨑蒼生選手「苦しかったですけど(母に)やったよって伝えたいです」

このとき百崎選手が流したのは「母への感謝の涙」でした。

百﨑選手「高校に行ってから(母に)迷惑しかかけていなかったので、甲子園に行ってまず一つ恩返しをすることができたので」

百崎選手は、母・真由美(まゆみ)さんと妹の3人家族。父・大輔(だいすけ)さんは百崎選手が5歳の時に他界しました。

百﨑選手「お父さんと叔父がよく家の前でキャッチボールをしていて、それをみて野球が楽しそうだなという風に思ってそこから野球を始めた」

幼いころに見た父の姿。その背中を追いかけ始めた息子をまゆみさんは一人で支え続けました。

母・まゆみさん「寂しい思いや辛い思いをさせたくないと思っていたので、とにかく出来る範囲ではいろんなことを手助けしたいとは思っていた」

菊池南中学校を卒業後、百﨑選手は、春夏合わせて全国制覇5回、神奈川の強豪・東海大相模(とうかいだいさがみ)に進学。1年生ながらショートでレギュラーを勝ち取り、すぐにプロ注目の選手になりました。

母・まゆみさん「まさか東海大相模からお話を頂けると思っていなかったので、素直に頑張ってきてほしいという気持ちでした」

しかし、甲子園に行きたいという思いが空回りしチームメートと衝突。孤立した百﨑選手は、東海大相模を去ることを決め、地元熊本に戻り甲子園を目指すことにしたのです。岐路に立った百﨑選手選手の心と体を癒してくれたのは母の手料理でした。

母・まゆみさん「食べる量が落ちたときは悩み事があるのかなとか思いながらも、できるだけ好きなものをと思いながら」

母・まゆみさん「美味しい美味しいと食べてくれる」
百﨑選手「うまいよ」
母・まゆみさん「まぁまずいって言ったことは」
百﨑選手「ないよ!」

この日は、小学生の頃から、真由美さんが300回以上は連れてきているというバッティングセンターにやってきました。

母・まゆみさん「(バッティングをしているとき)結構後ろをみてくるよね」
百﨑選手「昔はね いまはもうあまり」
母・まゆみさん「そうね 小学生のころはしょっちゅうね」
百﨑選手「(バッティング)どう?みたいなことを言ってましたけど」
母・まゆみさん「ドヤ顔でね」

すっかり逞しくなった息子の背中。あきらめない息子を応援する母。その応援に応えようとする息子。互いの思いが原動力になっていました。百崎選手、いよいよNPBへの挑戦です。

母・まゆみさん「いろいろ挫折しながらも諦めずに自分で野球で食べていくという道を選べたことは、感謝というか誇らしく思います」

百﨑選手「プロ野球に入るにしても入らないにしても、野球で恩返しできたらと思っているので、これからもまだまだ頑張っていくしかないなと思っています」