◆日本のプロ野球史上初の海外公式戦

王会長が福岡ダイエーホークスの監督だった2003年5月、ホークスはオリックスと台北で公式戦を行った。日本のプロ野球が、戦後初めて、海外に飛び出す歴史的な一戦だった。

私は毎日新聞の台北特派員で、ちょうど台湾にいた。新監督の小久保裕紀選手、元監督の秋山幸二選手らがホームランを打った。同点で迎えた9回、松中信彦選手がホームランを打って5対4でホークスがサヨナラ勝ちした。

あの頃のホークスも、スター選手がたくさんいたが、台湾のファンにとって、最大のスターは王監督だった。球場はすごい熱気、宿泊していたホテルのロビーはファンで身動きが取れなかったのを記憶している。

王さんは、まさに「台湾の英雄」だ。2015年に、台湾の野球殿堂入りもしている。それは、現役時代、監督時代の偉業だけではない。台湾で開かれた少年野球の世界大会に訪れたり、台湾プロ野球の開幕式にも参加したりするなど、プロ・アマを問わず、台湾球界の発展に大きく貢献してきたからだ。

この台北ドームのオープニングセレモニーで、台湾の中華民国野球協会の辜仲諒理事長は、王さんについて「優れたスポーツマンというだけではなく、社会に大きな影響力を持つ。野球少年を指導してくれたり、アドバイスを送ってくれたりしている」と話している。

また、理事長が個人的に、王会長からもらった「人生最高のアドバイス」は、「決してあきらめないこと」だと紹介している。「どん底まで落ちても、努力を重ね、自分を磨くこと。良き先生に出会い、訓練に訓練を重ねると、必ず壁を突破する時が訪れる」だったそうだ。

◆台湾球界でも日本球界でも大きな存在

王さんはもちろん、日本の至宝だが、アジア全体にとっても、ほかの人が取って代われない存在だ。あれだけの名選手・名監督だが、あの人柄・人格は接した者だれもが、魅了されてしまう。私も仕事柄、挨拶する機会が何度かある。私にだって、あの笑顔で、丁寧に話しかけてくれる。「世界の王貞治」が、だ。

王さんに握手してもらった台湾選手は誰だって、奮起するはずだろう。台湾チームは翌3日、韓国代表チームと対戦し、4対0で勝った。このところ、韓国との対戦では2回続けて負けていたので、王さんからの激励がさっそく効果をもたらしたのかもしれない。

3年後の次回WBCでは、王さんが願うように、日本と台湾が準決勝・決勝に進出できたら、素晴らしいが、その一方で、台湾は日本にとって、手ごわいライバルになるかもしれない。もちろん、韓国も強いが。

王貞治会長は台湾での始球式の翌日、福岡市内で開かれた、ホークスの新入団選手ウエルカムパーティーにも出席している。来シーズンは王座奪還を目指すホークス。王さんは大きな存在だ。


◎飯田和郎(いいだ・かずお)


1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。