「分かりやすい物語」にはウソがある――。ナチス・ドイツに攻め込まれたユーゴスラビアを舞台にした映画『アンダーグラウンド』を27年ぶりに観たというRKB毎日放送の神戸金史解説委員長が、10月31日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、この映画を紹介しながら、世界で紛争が続く中で語られる「物語」の恐ろしさを考えた。
◆猥雑で魅力的な主人公3人

この週末、取材で上京していました。たまたま映画『アンダーグラウンド』(1995年、仏・独・ハンガリー合作)の4Kデジタルリマスター版が、東京の「YEBISU GARDEN CINEMA」で上映されていたので取材の合間に行ってきました。

この映画、若いころに観てすごく衝撃を受けました。監督は旧ユーゴスラビア出身のエミール・クストリッツア(当時41歳)。1995年のカンヌ国際映画祭で、最高賞の「パルムドール」を受賞しています。ものすごく多様な物語が、タペストリーのように縫い合わされている感じの映画です。

舞台は1941年、ナチス・ドイツに攻め込まれたユーゴスラビアです。旧ユーゴは、イタリアと海を挟んで東、ギリシャの北の辺りです。ナチスと戦う共産党のレジスタンスとして暴れまわるのは、詐欺師のマルコと、武闘派の電気工事技師クロ。2人の男はとても女性にだらしなくて、ナチスから武器や金を奪う強盗を繰り返し、博打につぎ込んでいます。“正義の味方”では全然ないのです。
クロが妻をほったらかしにしてのめり込んでいるのは、舞台女優のナタリア。障害を持つ弟をとてもかわいがっていて、弟の薬を買うために、権力と金を持つナチスの将校にすり寄ります。この、一癖も二癖もある3人が主人公です。
マルコは、クロたちを地下に匿い、地上との唯一の連絡役になります。地下の住人は何十人もいて、銃を製造して地上のレジスタンスに供給します。
◆破壊的なパワーを持つ「ジプシー音楽」

『アンダーグラウンド』のすごさの1つめは、全編にわたって流れているジプシーミュージックです。
映画の冒頭、泥酔したクロとマルコが馬車に乗り、札束をばらまきながら、陽気に銃を撃ちまくるシーンがあります。クロとマルコが登場します。その馬車の後ろから、なぜか、金管楽器を演奏するブラスバンドが走ってついてくるのです。
しかし、何の説明もありません。「何なのだろう、この人たち?」と度肝を抜かれるのですが、おそらく、ジプシーミュージックを映像化したのではないかと思われます。

乱痴気騒ぎに興じている主人公を、“音符”が走って追いかけてくる――そんなイメージの映像です。あまりに音楽がすごかったので、サントラ盤を購入しました。
※映画の劇中曲『SHEVA』(1分21秒)
馬車の後に走ってくるブラスバンドが奏でている音楽。銃をバンバーンと打ちながら、札束をばらまく悪党2人。強烈なスタートです。全編にこういうミュージックが流れているんです。
◆荒唐無稽なアンチ・モラル・ストーリー

2つ目のすごさ、それは荒唐無稽でアナーキーな設定です。連合国が攻め込んできてナチスは敗北し、社会主義国としてのユーゴスラビアが生まれます。マルコは政権の中枢に入り込み、女優ナタリアと一緒に、地下のクロたち=アンダーグラウンドの人たちに「まだ戦争は続いている」と思わせて、武器の製造を続けさせ、武器を売りさばいて金儲けをしているのです。
地上では、クロはナチスと戦って死んだ英雄とされています。これは、マルコがでっち上げた「物語」です。マルコとナタリアは地上で「英雄クロ」を称える式典に出ながら、実際は地下で生きているクロたちに銃を造らせていくわけですね。
そして50年後の1991年、“アンダーグラウンド”の住人が地上へ出ました。ようやく、祖国ユーゴスラヴィアが消滅していたという事実を知るのです。その間、ジプシーの音楽に乗って人々が踊り続ける、ものすごいストーリー。恋と裏切りに満ちた半世紀、という感じです。
◆地下世界の造形のみごとさ

3つ目のこの映画のすごさは、造形の見事さです。衣装から、舞台から。地下ですから、ある意味舞台演劇みたいな狭い世界の中。でも、そこにはトイレもあればお風呂もある。出産もあるし、結婚もあるんです。地下で生まれ育って、太陽も月も知らない子供たちが結婚していくわけですよ。
花嫁は、吊り下げられて宙を舞うのです。狭い空間を漂うように動く花嫁、住民たちが見上げて祝うシーンは、本当に美しい。あり得ないファンタジーなので、どんどんあり得ない方向に進んでいきます。
これからお聴きいただく曲『メセチーナ』は、「月は真昼に照り 太陽は真夜中に輝く 真昼の暗黒を 誰も知らない 太陽の輝きを知らない」という歌詞です。
※映画の劇中曲『MESECINA』(3分58秒)
この歌詞も、『アンダーグラウンド』ならではですね。踊りながら饗宴をくり重ねていく地下の方が、嘘に満ちた外よりリアルに感じてきます。それが『アンダーグラウンド』の世界です。
インパクトのある音楽と、アンチ・モラルなストーリー。音楽が流れる中で人々が、戦争という様々な「嘘」「物語」に翻弄されていき、実際に出てきた地上ではものすごく残酷な現実(ユーゴ内戦)が待っている、というストーリーになっています。
◆世界は複雑な「物語」に満ちている

1996年に観た時に買ったパンフレットを、まだ持っています。興味を持って、バルカンの歴史の本を買ったりしました。民族、宗教、言語が交錯しているあまりに複雑な「物語」のユーゴ内戦は、どうやって止めたらいいんだろうと、当時ずっと思っていました。
今、ガザ地区のこと、ウクライナのこと……戦争が起き、空爆が起きている時期にこの映画を改めて観たのは非常に僕にとって大切で、今の社会での「物語」の恐ろしさを考えます。「なぜ戦うのか」を極めて一方的な「物語」だけで言っている現実の虚構。
例えばウクライナのことを「ネオナチの政権だ」と簡単に言い切るのも一つの「物語」ですよね。こういったことがいまだに起きている状況です。『アンダーグラウンド』が現実的に今もすごい映画だ、ということが観てよく分かりました。
まだ日程は決まっていないのですが、いずれ福岡でも上映を予定しているそうです。ただし、4K映像ではなくて2Kになるというお話でした。上映が決まったら、ぜひ観てほしいです。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件や関東大震災時の朝鮮人虐殺などを取材して、ラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。近著に、その取材過程を詳述した『ドキュメンタリーの現在 九州で足もとを掘る』(共著、石風社)。







