◆中国が警戒する頼清徳氏の総統就任

中国側は、頼清徳氏が寄稿した文章を、詳細に分析したようだ。2週間ほど経って共産党や政府の各部門が論評し始めた。

“「頼清徳はアメリカのメディアに文章を掲載することを選び、再びアメリカに服従することを約束し、アメリカの太ももにしがみついた。隠された悪だくみは、『台湾を売り渡す』――。そのひとことに集約される」”

これは、ワシントンの中国大使館が出した談話だ。なお、この談話内では頼清徳氏の肩書を「台湾地区のリーダーを選ぶ選挙の、民進党候補者」としている。つまり「台湾地区のリーダーを選ぶ選挙」=「台湾は中国の一地方に過ぎない」という立場。総統選挙ではない。さらに、「トラブルメーカー」と罵り、激烈な言葉を並べている。

“「頼清徳は台湾海峡両岸の現状維持する、というが、その本質は平和的手段による分裂であり、民族の大義を売り渡すものだ」
「頼清徳は、『民主国家とのパートナーシップを強化する』などと言うが、本質は大胆にも台湾独立を謀るため、アメリカにしがみついているのだ」”


このタイミングで、「ウォール・ストリート・ジャーナル」へ文章を寄せた頼清徳氏の狙いは、もう一つ、別のところにもある。政府の台湾担当部門は、頼清徳氏をこう非難している。

“「頼清徳が『トランジット(経由地)』の名を借りて、『アメリカに依存して独立を企てる』という行為に、断固反対する」”

南米パラグアイで8月15日に開かれた次期大統領の就任式に、頼清徳氏は蔡英文総統の「特使」として出席した。パラグアイは台湾が南米で唯一の台湾の外交関係を持つ国。頼清徳氏はその往路でニューヨーク、復路でサンフランシスコに立ち寄る。「トランジット」とはこのことを指している。

頼清徳氏にとってこのアメリカへの立ち寄りは、パラグアイ訪問同様、いや、それ以上に重要だ。アメリカでの日程は現在、公表されていないが、「次の総統になる可能性がある人物」として、どう振る舞うか。非公式ながら、アメリカ側とどのようなパイプを構築していくかという、大切な舞台になる。

頼清徳氏は、ニューヨークでの会合で「台湾の安全は世界の安全だ。台湾は今後も民主主義の道を進んで行く」と訴えた。「台湾の安全は世界の安全」というこのフレーズは、2021年に安倍晋三元首相が「台湾有事は日本有事」と述べたのと、言い回しが似ていて気になる。

◆「民進党3連勝」を阻止したい中国の揺さぶりは続く

頼清徳氏は63歳。貧しい家庭に生まれ、苦学して医師となった。その後、立法委員(=国会議員に相当)や、南部の中心都市の一つ、台南市の市長も務めた。行政院長(=首相に相当)の経験もある。

昨年7月、銃撃され死去した安倍晋三元首相の弔問のため日本を訪問した。これら経歴が示すように、民進党政治の中心を歩いてきた。一方で、日本では国会議員だけではなく、地方の首長らとの人脈もある。日本の政界ではかなり知られた存在だ。

ただ、総統選挙への出馬を意識してからは、発言は慎重になっている。中台関係の現状維持を志向すると約束し、独立色を抑えて、バランスを重視しているようだ。だが、過去に何度も台湾の独立を主張してきただけに、中国は警戒する。中国にとって、頼清徳氏はやはり「当選させたくない候補」だろう。

現在、世論調査では他の2人の立候補予定者をリードしている。パラグアイからの帰りに、アメリカ西海岸のサンフランシスコに立ち寄る。東海岸にある首都ワシントンから遠いだけに、往路に寄ったニューヨークと違う行動に出るかもしれない。

中国はこれからもさまざまな揺さぶりをかけるだろう。台湾の総統は2000年以降、民進党2期、国民党2期、民進党2期と、8年ごとの政権交代が続いてきた。来年1月にこれが壊れ、「民進党3連勝」となると、台湾の市民の心が、中国からより離れたものになっていることの証明と言えるかもしれない。それだけに、中国と台湾、それに日米を含め、あと5か月間さまざまな動きが出てくるはずだ


◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。