およそ2500人が死傷した八幡大空襲から8日で81年になります。
記憶の継承が課題となる中、空襲の証言を聞き取ってアート作品を制作している人がいます。
作品のテーマは、遺体を火葬した時に立ち上った「煙」です。

まるで生き物のように、天井いっぱいに広がる作品。
これは、空襲の犠牲者が火葬された時に立ち上った煙を表現しています。
基になったのは戦争の悲惨さを知る、ある女性の記憶です。

村田幸子さん
「私が縁側にいて、空を見上げたら敵機がすでに弾を落としている」
北九州市八幡西区に住む村田幸子さんです。
11歳のころ八幡大空襲を経験しました。

およそ2500人が死傷した八幡大空襲。
大量の焼夷弾が落とされた当時の八幡市は焼け野原となりました。
次の日には火葬場に入りきれない遺体が、外で火葬されたといいます。
村田さんは直接の被害を免れましたが、脳裏に焼き付いて離れない記憶があります。
遺体を火葬する際に立ち込めた「におい」です。

村田幸子さん
「考えてごらんなさい。千何百人かを焼いたんだから。それ(煙)は3日も立ち続けた。なんとも言えない。くさい。タオルで鼻を抑えて畳にうつぶして。においがしみついてくる」
こうした村田さんの記憶を後の世代に伝えようとする動きが出ています。

遠賀町に住む美術家の春野修二さんです。
村田さんの戦争の記憶をアート作品で表現することに挑戦しました。

この日は村田さんが空襲当時住んでいたという場所を探すことに。
子供のころに家から見た空襲。
そして、あたり一面を覆ったという煙はどういったものだったのか。
村田さんの当時の記憶を呼び起こすため歩き続けます。
そして・・・

村田幸子さん「この家!」「わぁありがとう。本当。見つかった!」
春野修二さん「ここですよ間違いなく」
当時暮らしていたという場所を見つけることができました。

春野修二さん「この辺まで夜になったら煙が入ってきていたということですかね」村田幸子さん「死体を焼いた煙というか空気やね」
春野修二さん「空気がばーっとこの辺一帯ですよね」
村田幸子さん「においが充満して、そのにおいがね。ものすごい人を焼くにおいが、鼻を押さえても目を押さえても・・・」
あの日、同じ空の下で目の当たりにした空襲。
そして、今でも忘れられない強烈なにおい。
その記憶を、春野さんが受け継ぎます。

春野修二さん
「並べられていっぺんに焼かれることもさみしいことだし、その事実の象徴的なものが、村田さんが見た渦を巻いていた煙なのかなと思った」

村田さんの証言を基に作品づくりを進める春野さん。

黒のインクに混ぜているのは黄色です。
村田さんは火葬で出た煙のことを、灰色ではなく「黄色い煙」だと話していたからです。

黒と黄色が混ざったインクを紙に染みこませて、空襲の記憶を再現していきます。
春野修二さん
「村田さんの目に焼き付いた生き物のような煙というのは、その時にお亡くなりになった人たちの魂の一部というか。そこにその人たちがいたという証の一つだと思って、赤ちゃんを抱いたお母さんをそのまま焼かざるを得なかったんですよという。赤ちゃんを守りたかった。でも守れなかった。自分も死んでしまうし、赤ちゃんも死んでしまった。痛ましい出来事があったということを私たちは忘れてはならない」

積み重ねられた人々。

その上を、渦を巻くように黄色い煙が覆います。

展示会の初日。
村田さんも会場を訪れました。
81年前の記憶をたどるように、じっと作品を見つめます。

村田幸子さん
「涙が出るね」
会場は、子供の頃に村田さんが体験した記憶そのものです。

村田幸子さん
「思い出して切ない。戦争がある世の中にしたらだめよね。それだけしかいいようがない」

春野修二さん
「人をたくさん焼く煙なんてやっぱり嫌だし、そこには亡くなった方のたくさんの人の思いが、人生が、可能性があったんじゃないかというところを感じ取って頂ければと思います」

村田さんの記憶を表現した「黄色い煙」には、二度と戦争を繰り返さないという願いが込められています。







