福岡藩の財政難が鶏肉文化を作った?

江戸時代、福岡藩は享保の飢饉などにより深刻な財政難に陥ります。

この打開策として始まったのが卵の生産。

当時、長崎の出島に伝わった洋菓子が『シュガーロード』と呼ばれる長崎街道を通って運ばれ、広まっていきました。
その洋菓子作りに欠かすことの出来ない材料こそが、卵だったのです。

やがて、卵を産み終えた親鳥も食べられるようになります。
これが福岡と鶏肉が結びついた瞬間で、以降、現代まで深い関係が続いているのです。

日本経済大学・経済学部 竹川克幸教授
「福岡の人たちは郷土料理の中に水炊き、かしわめし、がめ煮、いろんな鶏の料理が身近に年がら年中家庭でも、親戚とのお祝い事でも食べられている。古くから家庭の味として受け継がれている」







