「周囲との距離を感じながら過ごしていた時期もありました」舞台の上で語った言葉

実行委員 リーダー 吉田優衣さん
「私は北九州市で生まれ育ち、この街の魅力や人の温かさに触れてきました。北九州市は、多様性を大切にし、一人ひとりの違いを受け入れてくれる街だと感じています。ここでの経験が、今の私をつくってくれています。
これまでの人生の中で、人との出会いが心を前へと動かしてくれることを、実感する出来事がありました。
学生時代、学校に通うことが難しく、周囲との距離を感じながら過ごしていた時期もありました。しかし、高校での出会いをきっかけに、少しずつ言葉を交わせる仲間ができ、笑顔で過ごせる時間や、前向きな気持ちが増えていきました。その経験を通して、人は環境や出会いによって、前を向く力を取り戻せるのだと学びました。
将来の夢は、子どもや保護者、家族など、様々な方に寄り添える保育士になることです。
その思いの原点には、尊敬する家族の存在があります。“母にも姉にも敵わない”そう思うほど、2人の強さと優しさを間近で見てきました。
私の姉は14歳で妊娠し、15歳で出産しました。若くしての出産で大きな不安もあったと思いますが、姉は毎日一生懸命働きながら子育てを続け、その子は今では二人の弟を支える立派なお姉ちゃんになりました。その裏には、ここだけでは語りきれないほどの苦労や涙がありました。
その姉を支えてきたのが母です。母に守られ、支えられて生きてきた私も、自然と“誰かに寄り添いたい”“支える側になりたい”と思うようになりました。
これからの人生には、思いどおりにいかない日や大きな壁もあると思います。それでも私は、支えてくださった方々の優しさや励ましを胸に、感謝の気持ちを忘れず、一歩ずつ前へ進んでいきます。
そして、このまちで育ったことで得た“人の温かさ”や“寄り添う心”を次の世代へつないでいきたいと思います。
きょうのこの式典は、二十歳になった私たちが未来へ向かって歩み始める大切な節目です。それぞれの夢や目標に向かう私たちを、どうか温かく見守ってください」

無事、式典を終えた優衣さん。

遠回りに見えた時間も、人生の節目の日につながりました。

優衣さんの母 吉田綾子さん
「不登校で外に出られない時期があったから、こうやって出ているのが不思議。いっぱい経験しているので、その経験を生かして人に優しくしてくれれば」

実行委員 リーダー 吉田優衣さん
「頑張りすぎなくていい。明日は普通にしていたら来るし、そこから抜け出せなくてもいつか誰か支えてくれる人が現れたり、いつかやってみようって思ったりして。生きていれば楽しいことがある」