◆エベレストに登っても「あまり価値がない」

神戸:武石さんから見て、山野井さんの魅力とは?


武石:例えば、今「エベレストに登った」と言っても、登山的にはあまり価値がないんですね。誰もやってないことをいかにやっていくか。エベレストが登られていなかったら、一番最初にエベレストに登る。次は「エベレストに無酸素で登ってみよう」とか、最先端の登山家は誰もやってないことをやっているんです。ずっと突き詰めていって、今は本当に難しいルートしか残っていません。

武石:ヒマラヤに残された「最後の課題」と言われるのが、26年前に挑戦した「マカルー」西壁だったんです。究極のチャレンジに「単独」「無酸素」で挑むことに魅力を感じて、取材をしました。

神戸:ペアを組まない「単独」、それから「無酸素」、「未踏ルート」。初めてのことをやるんだという姿勢がずっと一貫しているんですね、山野井さんは。

武石:そうです。中学時代から山登りにのめり込んで、それからずっと今に至るまで続けているということですね。

神戸:登山界のアカデミー賞といわれる「ピオレドール生涯功労賞」を、アジア人として初めて受賞したと聞いて「本当にすごい人なんだな」と思いました。武石さんは、私と同じ55歳。山野井さんは57歳になってもずっと挑戦を続けている登山家。「自分のできないことに挑戦してくれている人」というようなイメージなのかなと思いました。

武石:そうですね。「ピオレドール生涯功労賞」は、野球で言うと「殿堂入り」みたいなもの。中でも「世界の登山家によい影響を与えた」ということが評価されるんですよ。よりシンプルな形で難しいルートを行く。それを40年前からやり続けて「アジア人では彼しかいない」と選考した人が言っていました。

◆ミニマムでシンプルな生活にはあまりお金は必要ない

神戸:とは言いながら、大変な事故にも遭って、凍傷で手足の指を10本失っています。登山家としては、かなり致命的なことなのじゃないかと映画を見て思ったんですが、その後も山野井さんはいろいろなことに挑戦されています。今は静岡県伊豆に住んで、海岸の岩壁を見つけて「ここは誰も登ったことがないだろう」と登り始めているのを見て、かなりびっくりしました。


武石:彼が指を失った直後に訪ねたんですけど、すごく落ち込んでいたんです。でも、奥さんの妙子さんは(指を)18本失っていて、もっとすごいですけどね。彼も、入院している半年間だけ落ち込んでいたけれど、今は受け入れて、手足の指10本がない状態で一番ギリギリ登れるところは何かと発想を転換していくんですよね。年齢から当然体力も落ちてきますけども、今ある能力の中で一番自分がギリギリできる、しかも「世界」という視点も入れながらやれるのはどこか、と常に考えている人ですね。

神戸:ほとんどスポンサーなど取らずにやってきているって聞いたんですけど、どういうふうに生活してらっしゃるんですか?

武石:そこも素晴らしいところで、コマーシャリズムを徹底的に排除して、例えばバラエティーみたいなテレビに出たりとか、ガイドをしたりして稼ぐといったことをやらないんですよ。自分の登山だけに集中して。でも、彼らを見ていると「派手な生活をしなければ、ミニマムでシンプルな生活にはあまりお金は必要ないんだな」と思います。奥さんの実家から野菜とか米を送ってくるし、畑を耕して、魚を釣って食べていますから。趣味じゃなくて、生活のためにやっているんです。