◆引き揚げの山場は“横スライド”だった

池田教授は胸を躍らせた。碇の引き揚げが成功すれば“次のステップ”が見えてくるからだ。船本体の番だ。そのための「実験」は、松浦市の文化財保存事業として先月15日に始まった。
池田教授「遺物を引き揚げ保存処理するノウハウを確実に得られます。非常に重要な実験的な作業であるし、次のステップにもう一段上がっていくことになる。ここまで来るのに何年もかかりました」

碇は鎌倉時代から令和まで鷹島の南岸に眠っていた。「元寇の船」が確認された場所のすぐ北側だ。本来は6~7メートルあったものの、水中に露出していた部分は腐食して失われたと考えられている。作業が大詰めを迎えたこの日、RKBの記者も薄暗い海底に潜った。

RKB今林隆史「碇が見つかったのは水深20mを超える海底で、多くの泥が漂い薄暗く、数十センチ先を見通す事もできません」
過酷な環境の中、引き揚げチームは“埋め戻し”に使われた土のうなどを取り除いていった。そして移動用の“架台”に碇を載せる。松浦市文化財課の早田晴樹さんは「山場の作業だ」と話す。

ダイバーは4人がかりで碇を持ち上げた。そのまま「横移動、横移動」と合図しながら台の上にスライドさせた。成功だ。池田教授も「一安心ですね」と顔をほころばせた。