弊衣破帽姿で高校生活を送ったというRKB毎日放送の神戸金史(かんべ・かねぶみ)解説委員長。40年前でも、高下駄をはくバンカラ文化はさすがに絶滅寸前だったという。古い時代に郷愁を抱くそんな神戸解説委員長が、4月9日の朝刊をみて「強烈な違和感を抱いたニュース」とは? 同日出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で語った。
朝刊を見て思い出した12年前のセンバツ甲子園
今日(4月9日)の朝刊を読んで、ある記憶がよみがえってきました。センバツ高校野球、今年の優勝は健大高崎高校(群馬県)ですが、同じ群馬県にある県立高崎高校(通称タカタカ、公立の男子高校)は私の母校で、12年前に甲子園に出場していました。その時のアルプス席の風景を思い出したのです。
今から40年前、高校時代の私はかなり右翼的で、裸足に10センチぐらいの高下駄を履いて学帽をかぶり「校歌を歌おう」「校旗を仰げ」と言っていた生徒会長でした。だから、校歌や応援歌はもちろん、生徒会の歌とか庭球部の歌とかみんな覚えていました。
ところが12年前の甲子園出場時、後輩たちが歌い出したのは私が知らない歌でした。前の人が歌詞カードを持っていたので、それを見たら「旧校歌」(旧制・高崎中学校校歌)と書かれていました。大正時代(1915年)に制定された歌です。
「軍国主義的だ」と廃止された旧校歌
実はこの旧校歌、歌詞が「軍国主義的だ」として戦後に廃止され、1957年に非常に明るい新校歌に変わっていました。
群馬県立高崎高等学校 校歌
(草野心平・作詞、芥川也寸志・作曲)
(1番)
上州の三つの山は 遥かにかすみ
セルリアンブルーの 烏川(かわ)は流るる
高きを求む 夢の如くに
榛名山 白き雲沸き
バラの香匂ふ学び舎にて 友よ
健康と真理 かち得ん
高崎 われらが母校
未来よ 燦とかがやけ
昭和32年制定なのに「セルリアンブルー」って、すごいでしょ。ハイカラな感じですね。一方、1915年に制定された旧校歌にはこんな歌詞があります。
群馬県立高崎中学校 校歌
(陸軍戸山学校軍楽隊・作曲)
(3番)
いよよ励みて 健児等よ
倭雄心(やまとおごころ) 振り起し
君と親とに 尽くすべき
誠の道を 窮めなむ
「君」は天皇ですね。大変な戦争の被害があり、軍国主義に対する痛烈な反省があって、「二度と戦争を起こしてはいけない」「平和国家であるべきだ」という国民意識が圧倒的に多くなった時代、「この校歌はふさわしくない」となったのです。
この旧校歌を現役の高校生が歌ったことに驚いてしまいました。スタンドの応援部は、私たちと同じ格好をしていました。高下駄を履いて学帽をかぶって、いわゆる「バンカラ」です。
古いことに対する価値、伝統校ならではの誇りみたいな、ちょっと思い上がったところが僕にはあったので、よく気持ちはわかります。「懐古趣味」と言ってもいいでしょう。しかし「先人たちがなぜ旧校歌を歌わなくなったのか」ということに対する知識は、後輩にはないのでしょう。







