広島で近距離被爆し、朝鮮戦争をも経験する数奇な人生を歩んだ男性がいます。その男性が広島市内の小学校を訪れ、自身の経験を元に、平和の大切さを訴えました。
大阪府に住む、被爆者の友田典弘さん(90)は18日、自らの体験を伝えるため、みどり坂小学校(広島・安芸区)を訪れました。
友田典弘さん
「朝、『学校に行ってくるよ」とお母さんに言って行くんだけど、飛行機がね…」
友田さんは81年前、袋町国民学校(現在の袋町小学校)4年のときに、爆心地からわずか460mの学校で被爆しました。友田さんは地下にいたため助かりましたが、朝礼で校庭にいたおよそ80人は即死。その中には、3年生の弟、幸生さんもいました。
母親は生死不明、父親はすでに他界していて孤児となった友田さんは、自宅に下宿していた朝鮮人の男性と韓国に渡りましたが、現地で生き別れとなってしまいます。
友田典弘さん(1995年、韓国で取材時)
「原爆受けて、韓国で戦争受けて、なんでこんな目に遭うのかと情けなくなってきてね…」
友田さんは苦労の末、1960年、24歳のときに帰国を果たしました。

爆心地から500メートル以内の近距離で被爆した人で、今も生存しているのは二度も戦争に巻き込まれた友田さん1人だとされています。
みどり坂小学校6年 高村穂花さん
「本当は思い出したくないことも、私たちのために話してくれてとても勉強になりました」
友田さんは、同じ経験を絶対にしてほしくないと、子ども達に平和の大切さを訴え続けます。



































