思い起こそう長崎大水害「空から見た爪痕」
3回目は多くの人の命を奪った土砂災害です。
その爪痕は時間の流れの中で今も残っています。


長崎市の山の斜面。よく見てみると画面の中央部分は生えている木が少なくその高さも周りと比べると低くなっています。


長崎市の本河内奥山地区です。
斜面の一部だけ木の生え方が違っていた理由──それは、あの場所が土砂災害の現場だったからです。

長崎大水害ではこうした土砂災害によって多くの命が奪われました。


奥山地区では24人。長崎県全体では水害による死者299人の8割にあたる200人が”土砂災害による犠牲者”でした。
今も残る”40年前の爪痕”です

私たちの現在の生活空間のすぐ近くでも土砂災害は起きていました。


長崎バイパスの料金所がある川平地区。


ここでは山腹で発生した土石流が斜面地の住宅を襲いました。
この地区だけで犠牲者は34人に上ります


長崎市日見地区では、土砂崩れによって長崎市の幹線道路である国道34号が崩壊しました。


土砂災害は人の命だけでなく、道路を通れなくすることで復旧作業にも大きな影響を及ぼしました。


多くの人の命を奪った長崎大水害の”土砂災害”は、大小合わせると発生件数は県全体で4000件を超えていました。

犠牲者の数299人。
40年前の大水害は長崎の街に爪痕を残し、人々の記憶にも深く刻まれました。
そしていま日本では、あの時と同じような恐怖を感じる雨が、毎年のように降っています。長崎大水害は決して昔ばなしではありません。