私は4年前、39歳、医師としてこの長崎の発展のために力を尽くしたいと、ただその一心で戦わせていただきました。皆さん、忘れているかもしれませんが、4年前はコロナ禍でした。働き方が変わり、コミュニケーションの取り方が変わり、そして経済活動も変わっていた。本当にどうなるか分からない混沌とした中の戦いだったと思います。
その中で皆さんは、何か変えてほしいと、長崎県の未来を変えるべきだと、どこの誰か分からない39歳の男だったかもしれませんが、変化という期待の種を、私大石賢吾に託してくれました。それが23万9415票。その大きな、大きな力になりました。
おそらく私が知らないところで、知らない方がこの大石賢吾、長崎県を変えなくちゃいけないと、そういう思いで周りに大石賢吾の名前を広めてくれた、そんな戦いだったと思います。今、今日またその戦いが始まります。私はこの4年間、長崎県の未来を変えるために新しいことにもチャレンジをしてきました。
もちろん長年、長崎県が向き合っている課題にも向き合っております。先ほどお話がありました新幹線。








