日本被団協が選ばれたノーベル平和賞の授賞式が来月10日、ノルウェーのオスロで行われます。長崎から授賞式に臨むのは4人の方です。長崎被災協の田中重光さんと横山照子さん、被爆者で医師の朝長万左男さん、それに被爆3世の林田光弘さんです。授賞式を前に授賞理由となった活動内容に改めて注目するとともに4人に抱負などを聞きました。

ノーベル平和賞に選ばれた日本被団協。その中核を担う長崎被災協では田中重光会長をはじめ、受賞決定を聞いたメンバーらが歓喜に包まれました。

1956年に発足した長崎原爆被災者協議会、長崎被災協。戦後、原爆の後遺症に苦しみ続けた被爆者の救済を政府に求めるとともに核兵器の廃絶を国の内外で訴え続けてきました。長崎被災協では50年以上前から修学旅行生などへの被爆体験講話を続けていて、これまでに100万人をこえるとみられる人々が被爆者の生の証言を胸にきざみました。

(田中重光さん)「長崎の方にちょうど顔を向けた時に、ピカーッと今まで見たこともないね、光を見たんですね数秒後に爆発音と廊下に入ったとたんに何とも言えないね、異臭がした人間の焼け焦げた臭いですね、想像してみてください。」

(修学旅行生)「今回の話をきっかけに帰ってから他学年や家族に原爆の恐ろしさを伝えていこうと思いました。」

また、授賞理由の一つに被爆者の経験の継承もあげられています。被災協の被爆2世の会では原爆で水を求めて多くの人が亡くなった浦上川沿いに花の球根を植える活動などを通して、被爆の記憶の継承に取り組んでいます。

(被爆2世の会 佐藤直子さん)「今までがんばってこられた被爆者の方々の後を継ぐのはやはり一番身近である家族の私たちだと思うので私は被爆2世としてこれは宿命だと思っているし父の思いを継いでずっと語っていきたいなというふうに思っています。」

被爆3世の林田光弘さん。日本被団協のヒバクシャ国際署名に貢献し、ノーベル平和賞の授賞式に派遣される被団協の代表団に選ばれました。

(林田光弘さん)「核兵器の問題は実際に被害を受けた被爆者の方々の問題ではなくて、むしろこれから核兵器をどうしていくのか、どう減らしていくのか、決定権は私たち世界の市民1人1人にあるんだということを伝えるという役割があるんじゃないかなと」

医学者の視点から核兵器の非人道性を訴えます。被爆者で医師の朝長万左男さんはノーベル委員会から授賞式への出席とフォーラムでの講演を依頼されました。

(朝長万左男さん)「私の場合は2歳で被爆して75歳になったときに、前立腺がんが出ましたもんね、放射線の影響ではないと否定するのも難しいと思ってますけどね、そういうことで、生涯持続性は間違いないんですね、それを世界中の人に知らせたい」

長崎被災協ではいま、被爆者が核兵器廃絶を願い続けていることを知らせるリーフレットを作成しています。副会長の横山照子さんはこれを授賞式が行われるノルウェーで出会った人に手渡すことにしています。

(横山照子さん)「リーフレットをね、みなさんにお渡しして被爆者の話をとにかく聞いてほしいと見てほしいということをね、本当に訴えてきたいと思います。」

ノーベル平和賞の授賞式は来月10日に行われます。式に臨むにあたり、田中会長らは核兵器の廃絶を願いながら、亡くなった被爆者たちの墓参りをし、受賞決定を報告しました。

(田中重光さん)「先輩たちがね、この核兵器を無くしていくと2度と被爆者をつくらないとそういう気持ちで、道を作ってこられたというかな。そのことは尊敬してるし感謝してるしですね、この核兵器を無くすということは全人類の課題なんですね、だから日本だけじゃなくて長崎だけじゃなくて世界に向けてねやっぱり発信を続けていく、そのことが大事だと思う。」

このほか、日本被団協の代表委員で長崎で被爆した田中熙巳さんが授賞式で演説します。高校生平和大使も現地を訪問する予定です。