1964年東京オリンピック金メダリストで、宇和島市出身の松田治廣さん(旧姓山下)が今月19日、亡くなりました。88歳でした。

宇和島東高校、日本体育大学出身の松田さんは現役時代、旧姓の「山下」として世界の体操界を牽引し、跳馬で「ヤマシタ跳び」を開発。
1962年の世界選手権で銀メダルを獲得すると、1964年東京オリンピックでは「新ヤマシタ跳び」を披露し、金メダルを獲得しました。
また団体総合でも日本の金メダル獲得に貢献し、日本体操界の「ウルトラC」の歴史に名を刻みました。

現役引退後は、日本体育大学教授として後進の指導にあたった他、日本体操協会の専務理事や女子強化委員長などを歴任。
また2000年には国際体操殿堂入りを果たしました。