ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって3日で100日です。日本への避難民の数は5月末の段階で、1000人を超えました。

家族と離れ離れになることに葛藤を抱えながら、名古屋に避難した女性の姿を追いました。

5月29日、名古屋・栄で行われたロシアのウクライナ侵攻に対する抗議デモ。この地方に住むウクライナ人ら、およそ100人が伝統的な花の刺繍などが施された「ヴィシヴァンガ」と呼ばれる民族衣装を着て平和を訴えました。

抗議デモには、軍事侵攻を逃れ、ウクライナから避難してきた人たちも参加しました。


(ウクライナ避難民 マリアさん)
「避難できたのはうれしいけど家族に会いたい。戦争が終わったらすぐにでも、また一緒に暮らしたいです」


ウクライナ東部の都市・クラマトルスク出身のマリアさん(21)。名古屋市内に住む叔母のマリーナさんを頼って5月、避難してきました。


5月12日、およそ3年ぶりの再会…

しかし、マリアさんは日本へ避難するにあたり、葛藤があったといいます。

(ウクライナ避難民 マリアさん)
「ウクライナとは全く別の世界にいるみたい。同じ世界とは思えないわ」

ことし4月、マリアさんの故郷・クラマトルスクの駅が爆撃を受け、子どもを含む50人以上が死亡。マリアさんは、すでに家族と一緒にウクライナの西側に避難していたため、無事でした。

その後、マリアさんの母親はポーランドに避難し、マリアさんも日本に避難。しかし、父親と兄は今もウクライナに残っています。



(ウクライナ避難民 マリアさん)
「家族がバラバラになってしまったので、とても心配。でも私たちの力では、どうすることもできないのが一番つらい」

家族と離れたくないと、当初は日本に避難することを拒んでいたというマリアさん。それでも、日本に来るよう説得したのは、マリアさんのことを、実の子どものように思う叔母のマリーナさんでした。



(叔母のマリーナさん)
「ウクライナにいて仕事もできない。住むところもない。勉強もできない。何もできない。人生を止めないように。人生を止めるのはもったいない」

3日、名古屋市内で開かれた、ウクライナからの避難民を対象にした日本語教室。そこには、日本語の習得に懸命なマリアさんの姿がありました。


(ウクライナからの避難民 マリアさん)
「日本語を覚えて早く仕事をしたり、日本人の友人をつくったりしたいわ。日本に来ることには迷いもあったけど、今は一刻も早く戦争が終わることを願って、自分ができることをやっていきたい」


人生を止めない。マリアさんの歩みはきょうも名古屋で重ねられています。