遅すぎた 政府と社会の対応
当時、北朝鮮という国が、私の家族含めてですけれども、どこにあってどんな国かっていうのは、あまり知られていなかったわけです。
今でこそ報道でもですね、“北朝鮮”という3文字で紹介することがもう当たり前に通用するわけですけれども、当時はわざわざ「朝鮮民主主義人民共和国・北朝鮮は…」という、丁寧な丁寧な腫れ物に触れるかのような扱いをしていたわけです。
この当時からですね、外交・警察・政治・報道…全てがですね、この北朝鮮に対して毅然とした態度で強く向き合ってくれていれば、これだけ50年近く長い、重い荷物を背負わなくてよかったんじゃないかなと思います。
今ですね、私たちはこの救出活動をするために、家族会と日本政府の総理直轄の拉致問題対策本部っていう組織と、二人三脚、一心同体で活動させてもらってます。
今、心は一つというわけなんですけれども、ただこの対策本部も、歴史の流れを紐解くとですね、2006年9月に発足してるんですね。
めぐみが拉致されてから29年後です。

事件は初動が大事だって当たり前に皆さんわかっていると思うんですが、29年後に発足してもですね、物的証拠や目撃情報って得るのが難しいですよね。
こうしたやはりその歩みの重さ、感度の悪さ、鈍さっていうものが、この問題の解決を遅らせている大きな原因だと思っています。
また細かい例えで言うとですね、1988年3月26日に当時の国家公安委員長の梶山静六さんがですね、参議院の予算委員会の中で北朝鮮による拉致の疑いが濃厚であると発言しているのに関わらず、その発言を翌日の報道で取り上げたのは、産経新聞さんと日経新聞さんの2社だけです。
報道側は黙殺したんですよ。
黙殺してしまえば私たちが知る機会が失われて、怒るにも怒れない。
そのような報道の甘さも、この問題が解決しない大きな原因だと思っています。










