県外で活躍する青森県民を紹介するターニングポイント。人生の転機となったその時、どのような思いや決意があったのでしょうか。今日のストーリーは弘前市出身の絵描き・MAJIOさん。

絵や版画、デザインなど表現方法は様々。
有名な音楽フェスや青森でのイベントともコラボレーションし、あらゆる形で作品作りに励んでいる。

MAJIOさんの幼少期

MAJIOは小さい頃から物作りが好きな子供だった。
それは亡くなった祖父の影響でもあった。

MAJIO「プラモデルとか作ってましたね。そういう無邪気に楽しかったり、おばあちゃんが言うには、じいちゃんは物を作るの好きですごい得意だったから、お前はじいちゃんに似てるんだぞって言われた」

好奇心が人より旺盛で、疑問が出ると、何でも親に聞いて怒られていた。

MAJIO「『あれは何、これは何、何でそうなるの?』何でじゃないのって言われて…。興味がありすぎて注意力散漫みたいな」

次第にその好奇心や心の中に秘めたものを絵の中で表現するようになる。
しかし、高校で自分の進路を問われたときに、答えたのは意外な職業だった。

MAJIO「親と担任の先生に『お前、将来どうすんだ』って言われて、いや、俺映画監督なりたいっすって言ったんですけど。なんかどっちからも『ちょっと待て、今真面目な話ししてんだぞ』って言われて、自分ってフワッとしているとそのとき思って、そこで本気でもう命かけてやるっていうのをちゃんと考えなきゃなと思いましたね」

大学での勉強の傍ら、独学でもの作りは続けていた。
卒業後もイベントでのライブペイントや作品を作っては露店などで売る日々。

MAJIO「イチから作って…イベントみたいな場所にそれがあって人がいて、音楽があって成立するみたいなのはもう自分がつくんなければ見れない。なんかそういうのが根っこにある。自分で見たくて作っちゃうみたいな」

一つの形にこだわらず、版画や造形物など、さらに新しいものを生み出す、それは上京してからの制作活動でより強いものになっていった。