2023年に日本を騒がせた大ニュース、そのひとつがジャニー喜多川氏の性加害問題だ。芸能界を席巻したジャニーズ事務所は名前も姿も変え、所属タレントは紅白歌合戦から消えた。中東の紛争や自民党の裏金問題でジャニーズ問題が取り上げられることもすっかり減った。だが被害者への補償は始まったばかり。さらにそこにもいくつもの問題が残されている。ジャニーズ問題が浮き彫りにした日本の姿とは…。
「“真実”ではなく“真実らしさ”に基づいて判断する」
2023年9月、性加害があったことを認めたジャニーズ事務所は謝罪と補償を発表。「被害者救済委員会」を設置し、被害者の認定と補償を進めてきた。現在までに被害を申告した人数は800人を優に超え、補償金の支払いが完了した人もわずかながらいる。
一方で、ジャニーズ事務所は被害の全容がつかめていない段階で「被害者でない可能性が高い人々が本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数ある」と公表した。さらに被害申請者への聞き取り調査でも、元判事など法律関係の3人による心無い、まるで“捜査”のような扱いがあるという。ある被害男性は旧ジャニーズ事務所側の弁護士とのやり取りから被害の度合いで補償金を計算しているのではないかと感じたと話す。

18歳で被害を受けた男性(55歳)
「例えば1回寝たのか、2回寝たのか…。査定感覚ですよね。今まで話したことはどうでもよくて、1か2か3かみたいなことで決めてるのかって。とんでもない。(いきなり最後の一線を超えたか聞かれ…)『よく覚えていない』と言うと、やられてない!と向こうがガッツポーズするみたいな感じ」
元ジャニーズJr.の中村和也氏も、旧ジャニーズ事務所のやり方に最初の段階からズレがあると危惧していたという。

元ジャニーズJr. 中村一也氏
「申請フォームにしても何をされたのか具体的なことを言わなければならない。そういった被害を申告し辛いというのがあって…寄り添っていないと感じる」
今回の旧ジャニーズによる補償について根本的に順番が違うと語るのはフランスの新聞『リベラシオン』の特派員でジャーナリストの西村カリン氏だ。

ジャーナリスト 西村カリン氏
「間違ってると思うのは、いきなり救済しますって、全体像が見えていないじゃないですか。ちゃんとした調査無しに被害者に声上げてくださいって…。問題がどれくらい大きいかわからないのに…。もうひとつ、これはお金で解決できる問題じゃない。大事なのは精神状態。いろんなトラウマもあると思うし、弁護士に心のトラウマを聞くことができるのか…」
西村氏の母国フランスでは、子供への性加害を時間をかけて調査した前例がある。フランス・カトリック教会の子供への性加害問題だ。独立調査委員会が設立されると、委員会は過去70年にわたる教会の性被害の全容解明に取り組んだ。そして2年半、2万6000時間を費やし、全容をまとめた報告書は2500ページに及んだ。この委員会に参加した元裁判官、アントワーヌ・ガラポン氏は言う。

アントワーヌ・ガラポン氏
「教会のような閉鎖的な世界には『沈黙の掟』がありました。つまり社会の中で押しつけられていた沈黙です。それが突然(この調査によって)沈黙の霧が晴れたのです。(中略)被害者たちの“修復”のためにどうすればよいか…。私が思うに自分の言葉を伝えることのできる安全な空間を見つけること。英語で“Safe Space”つまり自由に話すことができる場所です。それが大前提です。(中略)非常に幼い時、ひどい性虐待を受けていた女性がいました。彼女は気難しい性格で自分の子供たちや夫と打ち解けた関係ができなかったのです。彼女は自分の秘密を誰にも一度も話しませんでした。でも彼女は私たちのところへ来て秘密を告げた時、初めて気持ちが楽になって、自分の子供にも6歳の時に性的虐待を受けたことを打ち明けたのです。すると子供たちは言ったそうです『そうだったんだ、お母さんがこれまでどうしてそんな性格だったのかわかったよ。それがお母さんを形作ってきた秘密のカギだったんだね』って」
話を聞き、心のケアができれば残る問題は補償だった。だが告白が真実なのか作り話なのか、40年前の出来事を証明するものなど何もない。ガラポン氏たちの委員会では、あるルールを決めた。
アントワーヌ・ガラポン氏
「私たちは“真実”ではなく“真実らしさ”に基づいて判断します。真実を知ることはできませんから…。でも真実らしいかどうかは判断することができます。(中略)お金で解決はできないと考えます。私たちにできるのはそのような人に“認定された”ということを示すために一定額のお金を渡すということです。つまり“あなたは被害者だ”という認定をされたことであり、受け取ったお金は“あなたの言葉に対する信頼の証”なのです。30年間、40年間と沈黙と苦しみの中で過ごしてきた人も変わることができる、言葉によって自由になれるという希望なのです」
フランスでは、委員会のメンバーに法律関係者だけでなく、精神科医、心理学者、社会学者が加わり、何より大切にしていることは時間的な制限を設けないことだ。そして、調査、認定、補償は今も続いている。
日本の場合、時間をかけての調査が難しいのは世間やメディアにも責任があるというのは、性犯罪被害者の救済に長年取り組む弁護士だ。

弁護士 上谷さくら氏
「補償はすればいいというものではなんです。どのように補償していくか、その過程が物凄く大事なんです。やり方を間違ってしまうと逆に被害回復から遠ざかってしまうんです。聞き方も大事ですし、ゆっくり被害者の方のタイミングを見なければならないんです。日本は性暴力に対する理解が非常に浅い。メディアや企業の問題もある。とにかく早くしろと…。まだ(補償)やってないのかってバッシングも受けます。被害者の方の回復には時間がかかる。だからフランスのように時間に制限をかけないというのは本当に必要」