日中国交正常化の橋渡し役の一人で、公明党委員長を務めた竹入義勝元衆院議員が今月23日、肺炎のため亡くなっていたことが分かりました。97歳でした。
竹入氏は東京都議会議員などを務めた後、1967年の衆議院議員選挙で初当選し、その年、公明党の中央執行委員長に就任。およそ20年間にわたり、トップとして公明党を牽引しました。
1972年7月には中国を訪問し、当時の周恩来首相と会談。帰国後、竹入氏は当時の田中角栄総理に“戦争の賠償請求権を放棄する”などとする中国側の考えをまとめたいわゆる「竹入メモ」を手渡し、これが日中国交正常化の契機になったとされています。
政界引退後には反公明党の立場を取り、公明党を除名されています。
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