4年前のMGCとセカンド記録日本最高

4年前のMGCは、その年の4月に海外マラソンで2時間11分台を出し、2大会合計タイムで出場資格を獲得した。故障が多く、入社1年目にマラソンに出場できなかったことで窮地に追い込まれたのだった。五輪代表になる力はまだない。鈴木はそう考えてMGCに出場した。

しかし独走していた設楽悠太(31、西鉄 ※当時Honda)を追う集団を引っ張ったり、追いついた後も積極的に前を走ったりした。鈴木は8月のTBS取材に、「爪痕を残そうかな、という思いで臨んでいました」と答えている(以下、鈴木のコメントは8月のTBS取材時のもの)。中村匠吾(富士通)がスパートした39km以降、服部勇馬(トヨタ自動車)、大迫傑(32、Nike)の3人が繰り広げた代表争いに加わることはできなかったが、7位は上出来と言ってよかった。

自身は出場できなかったが、後に結婚する一山麻緒(26、資生堂 ※当時ワコール)が東京五輪女子マラソンで8位に入賞した。

「オリンピックは富士通の先輩である匠吾さんも出場され、近くに経験者がいたので強い思いがあります。MGCの匠吾さんは何度もビデオを見ましたが、勝ちに行く強い気持ちが現れていた走りでした。僕もそういう気持ちでやっていきます」

自身が成長した部分として、「4年前と比べ地力は付いたと思います。精神的な意味でも色々と経験してきたので、ちょっとわからないですけどタフになったかな」と話している。

4年間で日本記録だけでなく、22年の東京マラソンで2時間05分28秒とセカンド記録の日本最高を出している。大迫の前日本記録よりも速いタイムだ。このときも一山と2人そろって世界陸上オレゴン代表を決めるため、勝負を優先した。

勝敗を決めたのは20kmから30kmを29分20秒で走ったスピードだった。鈴木に30秒程度の差で食い下がった選手は30km以降で大きく失速。日本人2位の選手にはその10kmで1分近く差を付けた。スピードを勝負に生かすことに関しては、日本でナンバーワンの選手だろう。

前回のMGCとの違いはスピード、勝負強さ、そしてタフさ

しかし夫妻2人ともオレゴンで新型コロナに感染し、昨年の世界陸上は欠場を余儀なくされた。「パリ五輪では2人で、という思いが強くなっている」という。

鈴木の言うメンタル的なタフさは世界陸上欠場だけでなく、故障を幾度となく経験していることも指している。昨年秋のロンドン・マラソン、今年3月の東京マラソンに出場しようとしたが、ともにケガの影響でスタートラインに立てなかった。

22年東京マラソンも、欠場も考える状態だったという。「上がり下がりがある中で世界陸上を決められた」と言う。そういった経験から鈴木は故障をして練習が万全にできなくても焦らない。

スタッフの話を総合すると、今回のMGCに向けても万全の練習ができたわけではない。それでも鈴木が期待できるのは、日本最速のスピードと勝負強さ、そしてメンタル面のタフさがあるからだ。

「4年前のMGC以降、次こそは、という気持ちでやってきました。そういう部分を2度目のMGCで出したい。2着以内に入ってパリ五輪代表権をつかみたいですね」

マラソン日本最速男が10月15日、最速だけではないことを実証する。

■MGCとは?

マラソンの五輪代表は16年リオ五輪までは複数の選考会で3人の代表を選んできたが、条件の異なるレースの成績を比べるため異論が出ることも多かった。そこで東京五輪から、男女とも上位2選手は自動的に代表に決まるMGCが創設された。MGCに出場するためには所定の成績を出す必要があり、一発屋的な選手では代表になれない。選手強化にもつながる選考システムだ。

五輪代表3枠目はMGCファイナルチャレンジ(男子は12月の福岡国際、来年2月の大阪、3月の東京の3レース)で設定記録の2時間05分50秒以内のタイムを出した記録最上位選手が選ばれる。設定記録を破る選手が現れない場合は、MGCの3位選手が代表入りする。大半の選手は絶対に代表を決めるつもりでMGCを走るため、一発勝負の緊迫感に満ちたレース展開が期待できる。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)