世界陸上ブダペスト大会2日目に、日本陸上界にとって歴史的な記録が誕生し、歴史的な偉業が達成された。男子400mでは予選1組の佐藤拳太郎(28、富士通)が44秒77で2位。91年世界陸上と92年バルセロナ五輪で入賞した高野進が持つ、44秒78の日本記録を32年ぶりに0.01秒更新した。4組2位の佐藤風雅(27、ミズノ)も44秒97と、この日は44秒台選手が一気に2人も誕生。男子400mのレベルアップを象徴する日となった。

男子100mも歴史に残る日となった。サニブラウン アブデルハキーム(24、東レ)が6位に入賞。五輪&世界陸上を通じてこの種目の過去最高順位は、1932年ロサンゼルス五輪の吉岡隆徳の6位。サニブラウンはそれに並んだだけでなく、前回世界陸上初の男子100m入賞に続き、2大会連続入賞を達成した。

歴史的快挙に兜の緒を締める佐藤拳太郎

佐藤拳太郎は歴史的な快挙にも、喜びを抑えようとしていた。
「日本記録を出すことはできましたが、まだ目標の1つというか、400mでは決勝に進出し、4×400mリレーではメダルという目標があります。ここで手放しで喜んで、気持ちを切らすわけにもいきません。準決勝でタイムを上げられるように頑張ります」。

日本人2人目となった44秒台も自身初めてマークした。嬉しくないはずはないが、佐藤は「とにかく44秒5を切って決勝に行くこと」を一番の目標にしてきた。
だが、44秒5を切らなくても、前回の世界陸上オレゴンでは決勝に進んでいる。44秒78と44秒97の選手がプラス(着順ではなく記録の上位選手)で準決勝を通過した。佐藤が44秒5以内と言うのは、「着順で通過するためにはそのタイムが必要」だからだ。タイムを出すことの目的は決勝に行くこと、世界のトップで戦うことなのだ。

好記録の要因と種目全体の雰囲気

44秒5を出す根拠もある。それは自身のペース分析と、動作分析を徹底に行って導き出された。佐藤は大学院にも行き、400mを100m単位、50m単位ではなく、10m単位で分析してきた。
「10m単位でどの区間でストライトが大きい、どの区間のピッチが高いかを調べました。そして最高疾走速度がどこで出ているか。この区間ではこういう動きをしていたからその速度が出ていた、そのスライドが出ていた、といったことを理解することができたんです」。

7月のアジア選手権では45秒00で優勝した。そのときの動作も分析して、「あの走りが限界値ではなく、まだまだ発展途上の45秒00だとわかりました。44秒中盤ぐらいは出せる」と、学術的な視点でも手応えを得られていた。

佐藤拳太郎だけでなく、男子400m全体の頑張りも今回の日本記録更新の背景にある。昨年、オレゴンで4×400mリレーが4位に入賞した。その1走だった佐藤風雅、4走だった中島佑気ジョセフ(21、東洋大4年)の2人も今季絶好調だ。
佐藤拳太郎も加えた3人が切磋琢磨しているが、“勝負強さ”では中島がリードしていた。5月のゴールデングランプリ、6月の日本選手権と国内トップ選手が揃う試合では負けなかった。日本選手権の2位は佐藤風雅で、佐藤拳太郎は3位。日本記録を出す選手が国内大会で勝てないことが、今の400mの充実ぶりを物語っている。

ブダペストの予選は佐藤拳太郎が1組2位(44秒77)、佐藤風雅が4組2位(44秒97)、中島が5組3位(45秒15)で、全員が着順通過で準決勝に進出した。世界陸上では過去、99年セビリア大会、01年エドモントン大会、22年オレゴン大会に3人フルエントリーしたが、3人が準決勝に進出したのは初めてのこと。

44秒台先陣争いをしていた佐藤風雅は、ライバル心を清々く口にした。
「準決勝ではしっかり(記録を)追い越して、『拳太郎さん、オレの勝ちだ』と言ってやるぐらいの走りをしたいです。現役最初の44秒台は拳太郎さんに持っていかれましたが、じゃあ3人の中で一番先に決勝に行ってやろうっていう気持ちになっています。他の2人もきっと同じことを言ってると思うので、そこだけは譲らないように頑張りたいです」。

オレゴンから進化したサニブラウン

男子100mのサニブラウンも、400mの32年ぶり日本新に劣らない快挙である。オレゴン大会の7位が男子100m日本人初の決勝進出で、今回の6位は過去最高順位。五輪では戦前の1932年に、ロサンゼルス五輪で吉岡隆徳が6位に入っているが、参加国数が少なかった時代である。

サニブラウン選手

オレゴンの入賞者でブダペストも入賞したのは、4位のO.セビル(22、ジャマイカ)と5位のC.コールマン(27、アメリカ)、サニブラウンの3人。最も人材が集まりやすい種目での2大会連続入賞は価値が高い。かつてのウサイン・ボルト(ジャマイカ)は別格として、9秒7~8台を維持するのは簡単ではない。サニブラウンも昨年より成長したからこそ、2年連続入賞が実現できた。
「去年よりワンステップ上がったかな、と思います。準決勝で(着順取りの)2位に入ることもできました。去年は満身創痍で決勝に挑んで、メンタルもそうですし、体もうまくリセットできない状態で挑んでいました。今年は(準決勝と決勝の間隔が2時間35分で)、去年(1時間50分)より時間もあり、コンディションも悪くなかったです」。

客観的に見れば評価できる結果だが、去年より成長している実感があるだけに、サニブラウンとしては自身のパフォーマンスに不満も残った。取材ゾーンでは「いや、めちゃくちゃ悔しいですね。今年の方が悔しいです」と、開口一番コメントした。
「調子が去年より良かったのもありますけど、結果もそうですし、パフォーマンスができなかったのが、一番悔しいなと思います」。

サニブラウンが反省するのは、40~60mで「スーッとストライドを刻んで行くことができなかった」こと。難しい表現だが、力まず滑らかに、ストライドも出しつつ脚の回転を上げるということだろう。
「もっともっと重心の高い位置で走っていければ、メダルを取る選手たちみたいに、60mから他の人たちと離れるような感じで、抜け出していけるかな、と思います」。

準決勝ではコーチには指摘されたというが、「レース全体で見たら結構、自分的には満足した走り」ができた。だが決勝では不満が残った。準決勝の走りを続けられれば、条件などに恵まれれば「9秒9台前半、8台は出る」と感じている。2大会連続入賞は、記録的な期待も持てる結果だった。

9秒8台を出せばメダルも見えてくる。
「昨年より(メダルに)1位近づいたので、そのうちだと思います」。
あっさりした口調ながら、すごい内容をサニブラウンは言い切った。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)