田中希実(23、New Balance)が8月の世界陸上ブダペスト大会入賞に向け、フィンランド遠征とアジア選手権で手応えを得て帰国した。7月8日の5000m(オウル・フィンランド)では14分53秒60の日本歴代3位で優勝。日本記録(14分52秒84)に肉薄し、世界陸上参加標準記録も突破した。8月2日以降に正式に、5000mの3大会連続代表入りが決まる。
田中はフィンランドからタイに飛び、バンコクで開催されたアジア選手権1500m(7月12日)に出場。4分06秒75のシーズンベストで優勝したが、2位に6秒50差をつける圧勝だった。1500mもRoad to Budapest 23で安全圏につけている。2種目とも代表入りすることは間違いない。帰国した際の空港での共同取材時のコメントを整理してお届けする。
ビルドアップ的な走りを選択した理由は?
――シーズンベストでの優勝になりました。振り返ってみていかがですか。
田中:
去年のシーズンベストよりは遅いのですが、内容としては良かったと思います。
今までみたいに最初から行ったり、途中からドンと仕掛けたりとはまた別の、ビルドアップのように上げていく形で今回のようなタイムが出たので、自分の力を確かめることができました。
――アジア選手権にはどんなテーマで臨まれましたか。
田中:
まず単純に絶対優勝したい、 最低でもメダル以内と考えていました。そのためにどういうレースプランを選ぶか。私の中では日本選手権のように、真ん中あたりからドンと仕掛けることを考えていたんです。しかし父(田中健智コーチ)から、ビルドアップのように上げていって勝った方がいいんじゃないか、と提案がありました。“見せるレース(見ている側が楽しめるレース)”もしたかったので、ビルドアップではインパクトがあまりないというか、見ていてそんな面白くないレースになってしまうんじゃないか、という部分は心配でした。その反面ビルドアップ形式で押していく勝ち方が一番しんどいレース内容です。しんどい思いをして勝てなかったら嫌だな、という迷いもあったんですけど、逆にその選択をして勝てたらすごく自信になるんじゃないか、という思いもありました。その力があるからこそ、父もそういう提案をしているのかなと思ったので、そのレースプランで勝つことをテーマにしました。
5000mでは日本新となる14分40秒台に手応え
――5000の標準記録突破と最後の1000mを2分48秒で上がれたことの感想と、田中選手にとってどんな意味があったのかを教えてください。
田中:
とてもうれしかったのですが、自分では驚いた部分の方が大きくて。ケニア合宿(6月に約2週間)から帰国して一度体調を崩した後の遠征だったので、体調もまだ十分に回復していませんでしたから。調子は上向きつつあるけど、まだ万全ではないし、メンバーを見ても突出して力のある選手もいなかった。ペースメーカーも17分台ぐらいの選手だったので、自分でレースを作らないとタイムは狙えない。自分がほぼほぼペースを作ってタイムが出たことに驚きました。ラスト1000mもこだわって上げたわけでなく、(ラスト)2000mあたりから出て、どんどん加速していく、上げていく感覚で走った結果がラスト1000mが2分48秒まで上がっていた。そこは自分でも驚きましたし、それができたなら、世界の突然上がるようなスパートにも対応できるのではないか、という自信にはなりました。
――大好きなムーミンの国だからできたことでしょうか。
田中:
ムーミンはどうかわからないですけど、フィンランドという場所はもしかしたらすごく合っていたかもしれません。18年にフィンランドのタンペレでU20世界陸上3000mで優勝できました。良い思い出が今回消されてしまったらどうしようという心配があったんですけど、良い思い出をプラスできましたね。
――5000mでも世界陸上入賞、十分狙えますね。
田中:
そうですね、はい、狙いたいです。
――日本記録まであと1秒未満まで迫りましたが、日本記録への距離感っていうのはどう感じていますか。
田中:
力的には去年ぐらいから、全部の条件が合えば14分40秒台は狙える手応えはありました。でも、出し方がわからないモヤモヤというか、フラストレーションがあったんです。今回タイムも14分53秒までついてきたので、出し方のコツはつかめつつあるんじゃないかと思います。14分40秒台もハマりさえすれば出せるんじゃないかなと思います。
上がり下がりの激しいシーズン
――今回のフィンランド遠征、そしてアジア選手権とケニア合宿の成果がもう現れている?
田中:
ケニア合宿の成果が出たとも考えられるんですけど、一度ケニアから戻って体調を崩して(胃腸炎)どん底まで調子は落ちているので、ゼロになった部分もあって。そこで無理をしなかった、休んだことがケニアの成果を引き出しているのか、去年からコツコツ積み上げてきたことが出ているのかはわからないですけど、いろんなことが実を結び始めた手応えはあります。それらを次にどう生かすか。再現性の部分はこれから、ケニアの合宿もそうですし、どう生かすかを考えたい。そう強く思うきっかけになりました。
――今シーズンが始まった時はタイムが伸びないレースもあったりした中で、今回しんどい展開でも勝つレースができた。振り返って今シーズン、どんな変化をしてきたとか、ここが良くなってきていると感じられるものがありますか。
田中:
今シーズンは上がったり下がったりが、すごく激しいシーズンと感じています。だからこそ、下がってもまた上がるんだっていう経験を、自分に刻み込むことができていると思いました。どんな試練があっても、いつかは乗り越えられるんじゃないかなと、経験になるシーズンに今のところなっています。今後、世界陸上に向けても、上がっていくのか下がるのかはわからないですけど、どんな状態であっても、全力を尽くすスタンスは変えないことを学ぶことができています。
――そのメンタルの領域まで行けるようになった要因は、今までの積み重ねですか。それとも今季走ってそう感じられるようになった?
田中:
去年はもっと上を目指せるはずなのに、どうして結果がついてこないのか、というイライラの方で、目の前があまり見えていなかった部分がありました。当時はそこまでは考える余裕がなかったんですけど、今年はプロになった部分もあって、悪くてもより良くなるように、という姿勢は強く持てています。悪いところだけにとらわれるのでなく、良くなる努力をしなければならない。そこは去年より少しは成長できたかなと思っています。そうしたら実際に上がることも学べたので、そこは進歩だと思います。
世界陸上ではレースをコントロールした上で入賞を
――1か月後には世界陸上が迫っています。世界で戦うためにまだ足りないことなどがあったら教えてください。
田中:
レース展開やラップタイムなども世界基準に近づきつつある手応えはあるんですけど、それを生もののレースの中で再現できるかどうか。勝負勘などが課題としてあります。ラップタイムも近づきつつあるだけで上回ってはいないし、まだギリギリ並べてもいないので、そこはもっと詰めていきたいと考えています。
――世界陸上ブダペストの目標を教えてください。
田中:
去年の世界陸上では入賞にも絡めなかったので、最低限は入賞を目指して取り組んでいきます。その上で、より上の成績がついてきたら、とても幸運なことだなと思って、今できることをコツコツとやって向かっていきたいと思います。
――世界陸上や五輪の表彰台もイメージできる?
田中:
東京五輪(1500m8位)の時よりは上の順位を取りたいですね。タイムはすごく良かったんですけど、よくわからないまま入賞を果たせた部分もあったと思います。今の手応えとしては、自分の力でそのレースをコントロールした上で、入賞圏内を勝ち取れるんじゃないかなっていうようなレベルだと思います。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

















