「所得倍増計画」が、いつの間にか「資産所得倍増計画」に変わってしまいました。
岸田政権の経済政策である「新しい資本主義」の実行計画が、政権発足から8か月経ってようやくまとまりました。岸田総理は去年、自民党総裁選挙に出た際には、「新自由主義から転換」、「分配重視」を掲げ、具体的には、池田元総理の看板政策にあやかって、「令和版所得倍増」を唱えていましたが、今回まとまった実行計画は、「まず成長ありき」に大きく変質した形になりました。
実行計画は、①人への投資、②量子やAIなどの科学技術、③スタートアップ(新興企業)支援、④脱炭素(GX)・デジタル化(DX)の4本柱で構成され、こうした分野への集中投資を行うことで成長を促進し、分配の原資を生み出すことを狙っています。これらの計画はアベノミクスの3本の矢で不発に終わった「成長戦略」を補うものですから、それ自体は評価されるべきものです。かねて「新しい資本主義」には、「分配が先か、成長が先か」という議論があり、岸田総理も途中から「成長と分配の好循環」という表現を使うなど、少しずつ軌道修正を図ってきた経緯があります。
一方、所得を増やすという観点で見ると、今回の実行計画には、個人のお金を貯蓄から投資にシフトさせるため、NISA(少額投資非課税制度)やイデコ(個人型確定拠出年金)を拡充する方針が盛り込まれ、年末までに「資産所得倍増計画」を作るとしています。大部分が金利ゼロで眠る個人預貯金から投資への流れを促すことに、私も異存はありませんが、資産所得とは、資産の運用から得られる利子や配当のことですから、資産所得倍増と言われても、そもそも貯蓄や投資に回すお金がない人には全く無縁の話です。岸田総理の唱える「新しい資本主義」は、貯蓄や投資に回す余裕資金がない人たちへの分配を手厚くするという話だったはずなのに、そこが、すぽーんと抜け落ちてしまいました。
確かに政府が直接、給料を倍にすることができるわけではありません。それでも格差是正や分厚い中間層づくりに資する税制改革や、社会保険料負担の軽減などをはじめ、賃上げ誘導のメカニズムづくり、企業の内部留保抑制策など、少なくとも検討すべき課題はいくつもあるはずです。しかし、それらについて本格的な検討をした形跡は見られません。
折しも、日本でも消費者物価が2%を超えて上昇するなど、インフレの芽が出始めており、ここで消費を減退させないこと、しかもこれを賃金引き上げにつなげることは、日本のマクロ経済にとって死活的に重要です。長年待ち望んだ、デフレ脱却のきっかけにするために、家計により直接的に働きかける政策が大切な局面に入っています。
企業が成長すればいずれ個人も豊かになる、そんな「トリクルダウン」は何十年にもわたって結局、機能しませんでした。岸田総理の「新しい資本主義」にはそうした問題意識があったはずです。成長は必要、投資も必要。でも、岸田ビジョンの骨がなくなってしまったと感じるのは私だけでしょうか。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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