およそ1400人が犠牲となった仙台空襲から78年となる10日、仙台市戦災復興記念館では平和学習が行われ、児童が仙台空襲の被害について学びました。
仙台市戦災復興記念館アドバイザーボランティア 及川節朗さん:
「飛行機からぼんぼん爆弾を落とすそれが空襲です。仙台空襲を行ったのはB―29という戦略爆撃機です」

平和学習に参加したのは、仙台市立東二番丁小学校の6年生18人です。戦災復興記念館でアドバイザーを務める及川節朗さんが講師を務め、戦時中の暮らしや仙台空襲の被害について伝えました。
仙台市戦災復興記念館アドバイザーボランティア 及川節朗さん:
「すぐそこまできているから、すぐ防空壕まで逃げなさいという警報になります。(警報の音声)」

78年前の仙台空襲では、仙台市中心部にある東二番丁小学校でも、児童23人が犠牲になっています。

動画の音:「アメリカ軍のB―29は大量の焼夷弾を爆撃中心点をめがけて投下しました」
10日は、仙台市などが新たに制作した仙台空襲を伝える動画も上映されました。

動画の音:「家がすっかり焼けて跡形もない。一番町まで平らに見えました」
児童たちはメモを取るなどしながら真剣な表情で当時の被害や戦後復興について学んでいました。
児童:
「防空壕、命を守るためにつくられたものでも、蒸し焼きみたいになっちゃって、亡くなられた方がいることを知って、驚きました」

「戦争の時代に生まれていなかったので、こういうことが起きたのは知らなかった、きょうの機会を得て、仙台に生まれたので、仙台の空襲を知らない世代にぼくたちが受け継いでいかないといけないなと思いました」

平和学習を終えた後、児童たちは館内の展示物を見学し、防空壕を再現したジオラマや、焼夷弾の原寸大の模型などを見ながら、戦争の恐ろしさを感じている様子でした。

仙台市戦災復興記念館では、7月17日まで「戦災復興展 ヒロシマ原爆展」が開催されています。