知事職を青森県政史上最長となる5期20年つとめた三村申吾知事。農林水産業の振興など様々な成果を上げる一方で、課題を残した分野もあります。その歩みをふり返りながら三村県政を総括します。

三村知事は2003年の知事選に衆議院議員を辞職して出馬し、戦後の県政で当時、最年少となる47歳で初当選しました。就任直後から積極的に取り組んだのが。

2003年の知事選に47歳で初当選した三村申吾知事

※三村知事(2004年)
「財政改革の推進に不退転の決意をもって取り組んでいきたい」

※三村知事(2003年)
「不退転の決意をもって財政改革に取り組んでまいります」

当時、青森県は財政再建団体に転落する危機に瀕していました。三村知事は行財政改革をすすめ2003年度に1兆2500億円あまりあった県の借金、「県債」を8800億円台にまで減らします。また、貯金にあたる基金も2017年度の当初予算から、取り崩し額「ゼロ」の「収支均衡」を達成しました。こうした財政の立て直しとともに尽力したのが、経済の活性化です。

※三村知事(2008年)
「あおもりの正直、箱で150円、なんとか上げて、上げて、上げて、上げまくって」

攻めの農林水産業を2004年度に始め、トップセールスに奔走します。さらに県産米の新品種の開発にも積極的に取り組み、2005年に「まっしぐら」が2015年に「青天の霹靂」がデビュー。青森県の農業産出額は2015年から7年連続で3000億円を突破しました。

※三村知事(2015年)
「青森の青空から衝撃的なこんなコメがあったのだ、それが『青天の霹靂』です」

このほかにも、2017年に就航した中国・天津線を活用した国際誘客の推進や、2021年に実現した北海道・北東北の縄文遺跡群の世界文化遺産登録に尽力しました。

三村知事はこうした様々な分野で成果をあげる一方で、原子力関連政策では踏み込んだ発言はせず、「安全運転」と揶揄されることもありました。2018年、むつ市で建設されている使用済み核燃料の中間貯蔵施設に関西電力が福井県の原発から出た燃料を一時保管する方針を固めたと一部で報じられました。この報道の真偽について当時の宮下宗一郎むつ市長が県側の考えを質したさい、三村知事は「一切答えない」と言及を避けました。

※三村知事(2018年)
「国なりなんなりからちゃんとした話がないものは一切答えないことにしているし、また実情もわからないからね。一言でいえば知らない話」

※宮下宗一郎むつ市長(当時)(2018年)
「知事の発言は非常に重くてそれで前に進むこともあるし、常に知事が発信していただいて動きに変化をつけていただく」

また、三村県政の最重要課題に位置づけられてきた人口減少も歯止めがかかっていません。知事就任当時の2003年には約146万人だった青森県の人口は現在、119万人となり、この20年間で27万人ほど減りました。こうした三村県政の課題を引き継ぐことになる宮下新知事は県政の刷新を明言しています。

※三村申吾知事
「責任重大だな!あとはよろしく。新時代、新しい青森県政を切り拓いてくれることを期待します」

青森県政史上最長となる5期20年続いた三村県政。様々な業績をあげた一方で、県政運営が膠着した分野もあり、県民の中に新時代を求めるうねりがわき起こるなかで幕を閉じます。

※市川キャスター
三村知事はトップセールスで多くの人に親しまれながら県産品を売り込み農業振興などに功績をあげました。・ただ、こうしてふり返ると人口減少を始め解決しきれなかった課題はあり、知事選では三村県政からの脱却を求める声も多くありました。あすから始まる宮下県政がどう新しい風を吹き込むのか。これから私たちも取材し、お伝えしていきます。