サミットに出席した韓国・尹錫悦大統領は初めて韓国人原爆犠牲者の慰霊碑を訪れました。これに合わせ、韓国から被爆者たちが広島を訪れていました。
岸田総理とともに「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」に花を手向けた韓国の尹錫悦大統領。日韓の戦後史で初めて両国の首脳が原爆犠牲者を悼んだことは、国内で「未来に向けた一歩」とも報じられています。歴史的な瞬間を見届けようと、韓国から被爆者たちが駆けつけていました。
その1人、沈鎮泰さん、80歳。2歳の時に広島市内で被爆しました。
記者
「韓国南部の陝川郡です。この町は出身者に被爆者が多かったことから『韓国のヒロシマ』とも呼ばれています」
沈さんの地元、慶尚南道・陝川。多くの人が日本の植民地時代、出稼ぎや労働力としての強制的な「徴用」などで広島や長崎に渡り、原爆の被害に遭ったといいます。
沈鎮泰さん
「(私が幼い頃に)陝川の市場に行けば、被爆した患者が数えきれないほど多くいた」
広島と長崎では朝鮮半島の出身者およそ7万人が被爆、4万人が死亡したとの推計もありますが、正確な調査は行われませんでした。
原爆の被害を伝える資料館は6年前、ようやく開館しましたが、当時を記録する資料は少なかったといいます。
日本政府は2003年から在外被爆者に手当の支給を始めていますが、韓国では2016年に被爆者支援法が成立しました。
沈鎮泰さん
「原爆を投下したアメリカは謝罪もなく、戦争を起こした日本も謝罪しない。国民を保護すべき国、韓国も実態調査すらまともにしてこなかった」
一方、今の韓国では。
核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威に向き合う中、アメリカが核戦力を含む抑止力で韓国を防衛する「拡大抑止」が強化され、また、核武装に賛成する人が半数を超えています。
こうした動きに、沈さんは。
沈鎮泰さん
「どれだけ恐ろしい兵器なのか知らないからできる話だ。あまりに恐ろしいものなんだ」
尹大統領の慰霊碑訪問を間近で見ることはかなわなかった沈さんたち。
一方、尹大統領は韓国大統領として初めて在日韓国人の被爆者と会いました。
原爆資料館で「被爆の実相」に触れた後、大統領は核の脅威が高まる現状に何を感じたのでしょうか。
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